1967中国文化大革命 荒牧万佐行写真集 書評|荒牧 万佐行(集広舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月3日 / 新聞掲載日:2018年2月2日(第3225号)

歴史の怒濤の瞬間 
中国現代史をとらえた空前絶後の写真集

1967中国文化大革命 荒牧万佐行写真集
著 者:荒牧 万佐行
出版社:集広舎
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これは、中国現代史をとらえた空前絶後の写真集である。

一九六七年一月二一日から二週間、若くて無名で命知らずの荒牧が、東大教授の訪中グループに同行できたのは、天の配剤といわざるをえない。本書の最大の価値はこの時期にある。解説でも強調するように、文化大革命で造反派が立ち上がり、一気に革命委員会が設立されていく真っ最中のこの時期を撮った点だ。そして、ほとんどすべての写真が瞬間的に撮ったか、隠し撮りしたものであり、当局の許可のもとで撮ったものではない。つまり、最も日常的な風景、文革の現実なのだ。この点もほかにはない特徴である。黒竜江の文革を撮った李振盛撮影『紅色新聞兵』(ファイドン、二〇〇五年)、チベットの文革を撮ったツェリン・ドルジェ撮影『殺劫(シャーチエ)』(集広舎、二〇〇九年)、いずれも希有な驚くべき写真集だが、新聞記者が文革の盛んさを記事にするために撮ったものであり、荒牧とは性質が違う。近いのは、ソランジュ・ブラン撮影の『北京一九六六』(勉誠出版、二〇一二年)だが、これは素人のフランス女性が撮ったもので、それだけにおもしろいものの、荒牧の被写体への迫り方に比べるすべはない。
本書のもとの写真には、じつはカラー写真もあった。私は一昨年末に竹橋の毎日新聞社内アートサロン毎日で生写真を見た。アジア遊学『文化大革命を問い直す』(勉誠出版、二〇一六年)でカラーを二枚使わせていただいた。今回はすべて白黒であるが、歴史写真として別の味わいを感じる。むしろ白黒版の方が、細部を観察するにはコントラストがきく。鑑賞を待っているだけでなく、細部に至るまでの吟味も待っているかのようだ。
(本書P66、67より)


一例をあげよう。六六・六七頁は一枚の写真で、[一月二三日武漢]というキャプションがある。このキャプションは、荒牧本人の記録にもとづいている。武漢出身の留学生によれば、画面奥の建物は現在も存在するとのことで、武漢のどの地区かもわかる。画面の左半分に黒い縦の影がうつりこんでいる。場所は道路上だから、この影は車の窓枠であり、車上から撮ったのだ。トラックの前に横断する人がいる。パレードで渋滞なのだろう。画面に影を残したのは、トリミングをせず、撮ったままをみせるという荒牧の態度である。この写真の次の瞬間が、一頁前の写真である。トラックの荷台に三角帽をかぶせられた三人、その後ろに労働者らしき人々がぎっしり立っている。彼らがみな左をみているのは謎だ。トラックの横腹に「打倒王任重」とある。王任重は、湖北省党委員会第一書記、いわばこの地のトップである。彼は六六年四月から武漢大学に工作組を派遣、学生の運動を厳しく弾圧、六六年末には造反派に打倒され、元旦に吊し上げを受けた。トラックの先頭の三角帽の賀邦儒は、湖北省党委員会機要処(人事課)副処長で、王任重の関連書類を一月八日に焼却したので、証拠隠滅を謀ったとして批判されたのである。この写真は、工作組に弾圧された学生の紅衛兵と鉄鋼工場の労働者から成る「紅色造反司令部」が、武漢市政府の権力奪取を企図し、そのための示威行為がうつったものである(二日後に実行するが失敗する)。こんな一例からも、歴史の怒濤の瞬間を撮った写真集であることがわかっていただけたと思う。
この記事の中でご紹介した本
1967中国文化大革命 荒牧万佐行写真集/集広舎
1967中国文化大革命 荒牧万佐行写真集
著 者:荒牧 万佐行
出版社:集広舎
以下のオンライン書店でご購入できます
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