鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子 ESODが導く宗教史学の新地平  渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年2月9日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子
ESODが導く宗教史学の新地平 
渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に

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第2回
楔形文字文化の集大成とは?

深澤 英隆氏
深澤 
 本書中で渡辺先生は、「この王位継承誓約文書が2000年に及ぶ楔形文字文化の一種の集大成だ」と述べていますが、どういった点が集大成にあたるとお考えでしょうか。
渡辺 
 それはこの文書がアッシリア王国の文化や風習のみならず、シュメール人からはじまるメソポタミアの伝統や、それを受け継ぎ発展させたバビロニア人の文化などが散見できる点を指しています。

エサルハドン王在位時代は、この王国が最大版図を手中に収めた時期にあたります。翻って、この広大な領域で生活を営む多様な民族や人々をどのような権威をもって統治するかを考えなければならない。そこで王はこれまで脈々と受け継いできた伝統、文化、思想を総動員させた法的文書を作成し、万人を納得させる必要があったのです。

主だった点でいえば、この粘土板文書の表面に刻印された印章、これはアッシリアの最高神アッシュルの印章であり、文書の絶対的な有効性を示すものです。

最高神が印章を押す文書というのは、メソポタミアの古い神話にも登場する「天命の書板」の思想を踏襲しています。天命の書板には、神々と人々の命運が書かれ、それに最高神が印章を押すことによって、その内容が確定されました。だからESODも同様の効力を有し、支配域の要人たちに向けて文書に書いてある誓いを立てさせる法的かつ宗教的根拠があったといえます。

ただし、ESOD以前の天命の書板は、毎年の新年祭で更新されるものだったのです。
深澤 
 更新というのは別の文書に置き換えられるということですか?
渡辺 
 バビロニア時代の天命の書板には王の役割も記載されていて、この書板をもって常に王を審査する役割も果たしていたんですよ。だから定期的に更新する必要があったんですね。
深澤 
 まるで王様に出す通信簿みたいですね(笑)。
渡辺 
 ESODの独自性は、新年祭で更新される慣例を踏襲せず、永久に有効な文書であるとし、「アッシュルはあなた方の神、アッシュルバニパルはあなた方の王」と謳ったことにあります。この特例を盛り込むことによってエサルハドン王は一つの宗教改革を成し得たといえますね。
深澤 
 永久に有効である、というのはかなり大胆な宣言ですよね。
渡辺 
 そうかもしれませんね。

ただ、あくまで過去の伝統や文化は重視していて、文書中に数多く刻まれた呪いの言葉の半数以上が南のバビロニアから伝わってきたもの、またはバビロニアの様式をもつもので、前18世紀に記された『ハムラビ法典』に付された呪いの内容と共通するものもあります。他にも西方や北方の周辺地域で人々が恐れていた呪いの伝承も集めてありますね。

呪いの言葉というのは、人々が生活を営む上での恐れ、幸福、不幸といったそれぞれの伝統・文化に色づけされた世界観が浮き彫りにされているもので、多様な呪いを知るということは民を治めるために欠かせない要素だったんです。

そして様々な種類の呪いの言葉を集めるために、アッシリア宮廷内では各地の伝統や宗教を学んでいたでしょうし、語学教育も行われていたでしょう。現に『旧約聖書』の「列王記下」18章でも、エサルハドンの父センナケリブ王の時代に、アッシリアの役人がユダ王国に来て、ユダ王国の言葉で話をしたという記事があります。ここには当時開始されていた外交政策が反映しているように思います。当時から外国語学教育には力を入れていて、派遣先では現地語で話すという原則があったのではないか。また予算の関係で、一回の出張で数人の役人を複数の地域に派遣したはずですので、一人ずつ数か国語を習得していたと考えられます。
深澤 
 この文書からアッシリア人たちの学びの痕跡が浮かび上がってくるのは大変興味深い話ですね。
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この記事の中でご紹介した本
エサルハドン王位継承誓約文書/リトン
エサルハドン王位継承誓約文書
著 者:渡辺 和子
出版社:リトン
以下のオンライン書店でご購入できます
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