鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子 ESODが導く宗教史学の新地平  渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年2月9日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子
ESODが導く宗教史学の新地平 
渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に

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第5回
一神教的な宗教観の発生を考察する

集合写真
深澤 
 当時の社会におけるグローバルスタンダードとなったESODが作られた時期というのは人類の精神史が普遍主義的な考え方に移行しつつあるタイミングとも重なるので、この点に人類史の位相を感じました。同時に『旧約聖書』との関係をみても、のちの社会に一神教的な宗教観を与える一つのきっかけになったと推察できます。

この対比を考える上でESODの押印者であるアッシュルを被征服地域でどのように敬うべき神として認めさせたのかが鍵になるのではないでしょうか。被征服地域にはもともと土着の信仰対象となる神がいたでしょうから。
渡辺 
 まず最高神アッシュルがどのような神なのか簡単に説明します。そもそもアッシュルというのは土地の名前なのですね。そこは聖なる場所とされ、神格化されてアッシュルという神が誕生しました。土地でもあり神でもあるという場所が、アッシュル市、アッシュル国と拡大していきました。ちなみにアッシリアという呼び名は、『旧約聖書』に登場する「アッシュル国」の英語訳に基づいています。

楔形文字には限定詞という文字の用法があります。たとえば「アッシュル」の前に「国」を表す限定詞をつければ「アッシュル国」の意味になります

前2千年紀前半には、まだ神アッシュルの像は知られていませんでした。土地であるために、なかなか人間に似た像になりにくかったようです。でも土地こそアッシュル神であったために、戦争があってもアッシュル像が奪われることがありませんでした。アッシリア人にとっての神は元来、アッシュルの一神のみでしたが、ESODを含めてアッシリアの文献に登場する他の神々は他所から借りてきたものだったんですね。
深澤 
 そのようなプロセスを踏まえた土地の神格化というのは歴史的にみて類例がないので、極めて特殊な一神教的信仰の形だといえるでしょうね。
渡辺 
 だからアッシリアによる支配は、神アッシュルによる支配と同義だったわけです。ただし、旧来の神を廃させて、アッシュルだけを崇めさせようとは決してしなかった。人々がそれまで大事にしていた神を敬うのと同様にアッシュルも敬い、アッシュルの印章が押されたESODの書版も「あなた方の神のごとく」(本書223頁ァ35)扱うことを人々に誓わせたんです。

王位継承という事態は王権の危機でもあります。エサルハドンの死後という王権の空白期間に、どのようにして、誓約の通りにアッシュルバニパルを即位させるかという問題です。そこで武力は役立ちません。当時、アッシリアの支配下にあった多様な人々の宗教文化に根差した呪いを抑止力として取り入れるという手段をとったわけです。その上に、ESODの誓いを各自の家庭教育の中で子々孫々に伝えなさいと記している。つまり、その時々の政治権力ではなく、あくまで個々人の誓約をあてにしながら、その永遠の伝達を求めたわけです。
深澤 
 強大な軍事力にものをいわせて排他的かつ抑圧的な支配を進めたわけではなかったんですね。

ただ、アッシュルバニパルが王位を継承してほどなく、アッシリアは前612年には滅亡してしまいましたが。
渡辺 
 確かに国は滅びましたが、アッシリアがそれまでに蒔いた文化の種はのちの世に様々な形で芽吹きましたね。アッシリアの東方では、ペルシャ帝国に大きな影響を与えましたし、西方では、特にユダ王ヨシヤによる宗教改革にESODの影響が見られます。

ヨシヤはESODの書板をエルサレム神殿から取り除いたことでしょう。そして、その神殿で「発見」されたという古い「律法の書」または「契約の書」を改革の中心に据えました(「列王記下」22―23章)。それは、それまでエルサレム神殿に安置されていたESODが間接的なモデルとなったためと思われます。

ESODにおいて説かれている神アッシュル、あるいは皇太子アッシュルバニパルに対する忠誠の部分をヤハウェに対するものに置き換えれば、そのままヤハウェ宗教の骨子ができあがるわけですからね。

また「契約の書」(私は「誓約の書」と呼ぶべきと考えますが)に書かれている事柄を守らなかったから、その結果として、同じくその文書に記されていた呪いの言葉の通りに、災難に見舞われたという歴史解釈をも生み出しました。

前672年に作られたESODが間接的・直接的に一神教の体系化を行う上でのベースになったと仮定できますし、今後の新発見も含めて研究が進めば『旧約聖書』のみならず、宗教史も思想史も見方が変わると思いますよ。

(おわり)

※次ページから「読書人WEB」限定で本稿の続きを公開。
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この記事の中でご紹介した本
エサルハドン王位継承誓約文書/リトン
エサルハドン王位継承誓約文書
著 者:渡辺 和子
出版社:リトン
以下のオンライン書店でご購入できます
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