鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子 ESODが導く宗教史学の新地平  渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年2月9日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

鼎談=渡辺和子×深澤英隆×細田あや子
ESODが導く宗教史学の新地平 
渡辺和子著『エサルハドン王位継承誓約文書』(リトン)刊行を機に

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第6回
深澤 
 昨今、大学や学界の研究状況では宗教史学もさることながら、特に渡辺先生のご専門の楔形文字の研究はこれまで以上に続けることが難しくなっています。だからといって日本で楔形文字を読める人間がいなくなるというのは、これまでの研究文化を途切れさせてしまうことになり、取り返しのつかない大きな損失になるでしょう。
私はESODに連なるオリエント宗教の時代は宗教史学的にみても様々な学術要素を含んでいるので、非常に興味深い年代だと考えているのですが、渡辺先生は今後、研究を継続される一方で、この分野を盛り上げていくことは可能だと思いますか? 
渡辺 
 一般的に世界史というのは、ギリシャ・ローマぐらいから始まる約2500年間の歴史を指しています。ヨーロッパの人文学がギリシャ語とラテン語に支えられてきただけでなく、日本の「世界史」も教科書的にはここを本格的なスタートとしてきました。しかし、それ以前の楔形文字で刻まれた粘土板文書を含めると、文字資料のある「歴史」が5000年になります。単純に言えば歴史が2倍になるわけですね。そして楔形文字が書かれた粘土板文書は当時の戦火などによって焼かれていると陶器のように固くなって、文字も鮮明に残るため、最も古い文書資料として、今後も発見され続けることになるということです。確実に言えることは、まだ見つかっていないものの方が多く、今後、数千年後の未来にも発見されつづけていることでしょう。
深澤 
 まさに紙とは真逆の素晴らしい特性ですよね。
細田 
 保存に関しては、ある意味、現代のデジタルデータよりも優秀じゃないですか。
深澤 
 デジタルもデータが一つ壊れたら、他の全てがダメになっちゃいますからね。
渡辺 
 現在でも、すでに発見されて博物館に所蔵されている粘土板文書のうち、まだ公刊されていないものの方がはるかに多いです。これらの研究が進むにつれて、現在までの学問も変わらざるを得ないでしょう。書いてある内容も多岐にわたりますので、大地に眠る全ての粘土板文書が見つかった日には、大げさに言うとそれまでの全ての学問がやり直しになるのかな、という気がするのです(笑)。それこそ5000年前からの文書によって文学、経済学、社会学、政治学、そして科学といった全ての領域の「前史」が付け加えられるわけです。
だからこそ今以上に学問としての価値や面白さを研究者のみならず大勢の学生に理解していただき、全ての大学でアッカド語が必修科目となる日がいつの日か来ることを夢想しております。
深澤 
 必修は流石に難しいでしょうね(笑)。
細田 
 語学の選択科目の中にはあってもいいかもしれませんね。
渡辺 
 私が勤める東洋英和女学院大学には選択科目としてのアッカド語があります。一般の人々に対しては、生涯学習センターでのアッカド語講座もあります。また、特に宗教学や宗教史学を専攻する学生はアッカド語から学んでメソポタミアの宗教を知ってくれればと思っているんです。メソポタミア宗教というのは、創唱宗教ではなく民俗宗教の類いですが、日本に脈々と続く宗教観と似通う部分がかなり見受けられます。日本の民俗宗教は研究の歴史も長く、それだけに研究者も大勢いらっしゃるので、研究成果も多岐にわたり、「宗教の博物館」と言われるほど恵まれた状況にあります。粘土板文書資料を含めて比較検討すれば、宗教学としては、非常に実り多い結果が導き出せると思っています。
今後も引き続きESODの宗教史的意義を検討し、他の宗教現象と比較研究を進めたいと思っています。1958年に「エサルハドン宗主権条約」として公刊されて以降、世界中の研究者に条約文として認識が定着してしまったのですが、この文書は条約ではなくあくまで「アデー」(adê)、誓約文書であり、宗教儀礼とも深く結びついている情報なんです。しかし、宗教学をふまえてアッシリア学を研究する人は少なく、宗教というものは政治に利用するものと考える研究者もあります。ですから「誓約」としての宗教的な意味合いを考えるべきと主張しても、「政治のための条約」としか考えられない研究者もいます。
私からすれば、人類史というのは政治・経済よりも先に宗教が存在して然るべきなのです。人類が歴史を刻んできた中で何を畏れたかを考えることが重要です。そして、王権の空白期間に対処するために宗教的な威力を持つ神々の呪いや、それを誓約違反に対する抑止力とすることを何よりも重んじたことを示しているのがESODといえるでしょう。
細田 
 最高神が押印したという宗教的な意味が信じられていなければ、そもそも政治効力が発生しないですしね。
渡辺 
 歴史を学ぶ上で宗教の持つ効力が何であるかということを考えなければいけないですよね。幸いにも日本の宗教学者は自国の宗教研究からそういった点を理解しているので、私は日本の宗教学者がメソポタミア宗教を学ぶ意味を世界に対して訴えていくつもりです。今後もメソポタミア宗教の研究者が日本から発信していってくれることを願っています。
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この記事の中でご紹介した本
エサルハドン王位継承誓約文書/リトン
エサルハドン王位継承誓約文書
著 者:渡辺 和子
出版社:リトン
以下のオンライン書店でご購入できます
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