柴田元幸氏インタビュー 小説の良さを伝える翻訳 『ハックルベリー・フィンの冒けん』(研究社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年2月9日

柴田元幸氏インタビュー
小説の良さを伝える翻訳
『ハックルベリー・フィンの冒けん』(研究社)刊行を機に

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第4回
マーク・トウェインとヘミングウェイ

――この茶番劇があることで、冒頭のトム・ソーヤーがハックとその他の仲間を率いて盗賊団を結成する場面とも繋がり、さらにはミシシッピ川を下って行ったハックとジムが最後には元の場所に戻るという円環も完成させますね。
柴田 
 円環構造って面白いですよね。いろいろあって、何も変わらなかったようでもあるし、でもやっぱり微妙に最初とは違っているようでもある。違っている最大の点はやはりハックがジムという本当の、象徴的父親を見出したこと。友と言ってもいいかもしれませんが、とにかくジムを見出した。物語の最初に出てきたアホなことを言っているジムとはもうぜんぜん違うジムがそこにいる。ハックの実の父親は本当にろくでもない人間ですごく暴力的だし、一方ハックを躾けようとする未亡人たちもハックにとっては嫌な存在で、その両極の間の望ましい位置にジムが占めるに至る。とは言ってもマーク・トウェインは先が見えずに本当に行き当たりばったりで書いている感があって、決して一貫性のある小説ではなくて、エピソードが積み重なっていくうちに、こいつは最初の頃と随分違うなみたいになってくる。それを、あんまり安定していない挿絵も絶妙にサポートしている。そのあたりのゆるさが実はいいのかなとも思います。

もちろんもうひとつの読み方として、ジムが最初にアホなことしか言わないのは、奴隷の身だからアホなことしか言えない、まっとうなことを言ったら奴隷のくせに生意気だとか言われて自分の身が危なくなるような文脈にいるからだということもあると思いますが。

――これだけの大部な長さですし、実際長い川を下っているわけですけれども、どれぐらいの時間が経っているのかわからないところもあります。
柴田 
 ハックにとっては距離が時計代わりなんですよ。時計なんか持ってないから、基本的には距離で時の流れを計っているので、何マイル歩いたとか、距離に関する数字がたくさん出てきます。結局全部マイルじゃなくてキロメートルで書くことにしたのは、その実質を日本の読者にちゃんとわかってもらわなきゃだめだと思ったからです。マイルのほうがアメリカっぽいんですが、だけどこの数字は単に飾りじゃなくて本当に伝わらなければいけないものなんです。

――話が少し戻りますけれども、「語りの問題」ということで言うと、マーク・トウェインが用いたこの口語体での描き方に影響を受けた作家や作品はあるのでしょうか。
柴田 
 いわゆる美文調を排除するということでいえばほとんど誰もが影響を受けているとも言えますけど、中でもやはりヘミングウェイの文章は、マーク・トウェインがなければありえなかった。ヨーロッパのにおいがするような抽象的な長い単語は避けて、できるだけシンプルな言葉で語る。マーク・トウェインは口語でやったわけだけど、ヘミングウェイはそれを文章語で引き継いだんですね。ヘミングウェイのほうがずっと真剣勝負で、精度で言えばマーク・トウェインよりも遥かに上なんですが、その分ちょっと息苦しい。

――極端な言い方になるのかもしれませんが、トウェインの後継者的な作家はヘミングウェイあたりから登場してきて、解説でもふれられていますが、『ハック・フィン』の後継者的作品としてはサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が一番明確なかたちとして登場したということですか。
柴田 
 そこはちょっと難しいですね。サリンジャーは後継者というよりも、明らかに『ハック・フィン』を意識した一種のパロディというかオマージュで、かなり意識的に作っているんですよ。だからハックと同じような、というかマーク・トウェインと同じような伸びやかな自発的な表現というよりは、19世紀のああいう小説を20世紀に当てはめるとこうなるといった結構知的な作業だとは思います。それから、ヘミングウェイばかり強調されるけど、トウェインの言葉の伸びやかさに歴史の重さを加えると、むしろフォークナーのあの息の長い語りが出てくる。だからヘミングウェイとフォークナーの両方を見るのがいいような気がします。トウェインを削るとヘミングウェイが出てきて、増やすとフォークナーが出てくる。
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この記事の中でご紹介した本
ハックルベリー・フィンの冒けん/研究社
ハックルベリー・フィンの冒けん
著 者:マーク・トウェイン
翻訳者:柴田 元幸
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月9日 新聞掲載(第3226号)
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