【横尾 忠則】夢の男曰く、不幸とは幸福を降参させること|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2018年2月13日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

夢の男曰く、不幸とは幸福を降参させること

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朝日賞贈呈式にて瀬戸内寂聴さん、髙村薫さんと
伊東豊雄さんと
2018.1.29
 カルティエ現代美術財団館長エルベさんら5人来訪。カルティエで個展をした作家100余人の肖像画を描いたが、現在韓国、上海を巡回中のカルティエ展に出品しているが、肖像画のみを東京で開催したいと希望。さあ、会場候補地は?

間もなく開催される上海展のオープニングに出席して欲しいと頼まれるが、飛行機のエンジン音が難聴に耐えられないと思うので断わる。「じゃ、会場に立てる作家の旗のデザインを」と。これは引き受けましょう。エルベさん達が帰ったあと、早速に旗を制作して、彼がパリに帰るまでにメールする。

夜、パリの白羽明美さんからポンピドゥ・センター・メッスで開催中の日本現代美術展の僕の展示室とロビーの天井に飾られた作品のディスプレイなど会場写真を送ると☎あり。難聴のため現地に行けないのが残念。

2018.1.30
 「芸術新潮」でヌード特集を企画。ローマのデ・キリコのアトリエで見た未完の遺作とその元の絵について語る。

2018.1.31
 夕方より、帝国ホテルでの朝日賞の授賞パーティに出席。朝日賞の瀬戸内寂聴さん、北川フラムさん、大佛次郎賞の髙村薫さんらの知人のお祝いに妻と徳永と駆けつける。驚いたのは式の真最中に、受賞者の集合写真が朝日新聞1頁に印刷された記念号外が印刷されて配布されたことだ。僕の時は号外など出なかったよ、と言うと去年から「そうなった」と朝日の記者は言う。会場で久し振りに伊東豊雄さん、野田秀樹さんらと10数年振りで会う。うっかりすると会えないまま終ったかも知れないと思うと長生きするものだ。朝日スポーツ賞の桐生祥秀さんと話す機会があったので、0・01秒はどのくらいの距離かと聞いてみた。「一巾1メートルです」だそうだ。

今日で一月の最終日だが、この1ヶ月は信じられないほど、時間が静止していた。毎年、特に一月は矢のように過ぎるのに今年は一体どうしたことか一向に時間が進行しない。夜見る夢が昼間の時間に換算されたせいで長く感じるのか、とにかく時が動かない。老年になると時間がうんと短くなるとよくいわれるが、僕は全くその反対の時間を体験している。一ヶ月過ぎた今日現在、すでに三ヶ月以上の時間体験をしている。もし、この心的状態が続くなら、今年の一年は三、四年延長されるかも知れない。80歳を過ぎると何が起こるかわからない。
野田秀樹さんと

2018.2.1
 糸井重里さんが旅先のホテルのトイレの入口で嘔吐したあと、黒人がらみで危険な足場に立たされて、その場で立往生するが、その辺で夢は終る。

終日タマが庭一面埋めつくした桜の花びらの中を歩く絵を描く。タマの霊界風景で、タマの鎮魂画ってとこかな。

2018.2.2
 また大雪警報だが午後から雨に変る。「すばる」の岸さんがフェミニズムについての取材に。芸術は男性原理と女性原理の合体で創作が生まれる。女性の受信能力、男性の社会への発信能力を理解すれば、両者は対立することもなく対等である。

2018.2.3
 都心からタクシーで妻と徳永3人で成城に帰る途中、徳永がふと「河竹登志夫先生の講演があるのを思いだしました」、でどこで? 「野田です」、どの辺り? 「この辺りです」じゃ別のタクシーを拾って行ってくれば、と広い通りで空のタクシーを待つが一向にタクシーはない。そこに乗用車から降りた男がいたので、その車に乗せてもらおう、と思っていたら、その男はいきなり、「不幸とは何か?」と僕に質問をするので、幸福の反対だよ、と答えると、その男は「不幸とは幸福を降参させること」だと言った。結局夢の中ではタクシーは拾えなかった。

昨日の大雪も雨に変ったために道路脇に積み上げられていた雪もかなり溶けて、道路の凍結もすっかり消えている。

神戸から平林さんが次々回の自画像展の出品予定作品のリストを持参。展覧会が構成できるほど自画像を描いていたことに驚く。

2018.2.4
 タマの絵の続きを描く。タマへの鎮魂のつもりだが、相手のタマは人間のように感情に支配されないので、「まあ、あたしへの思慕が絵を描かせているのだろう」ぐらいのことしか感じていないはずだ。人間はあれこれ気にすることが多過ぎるが、猫は目標も結果もなく、ごく普通に生きて、普通に死ぬだけだろう。この普通に生きて、普通に死ぬのは極意であるが、この普通がなかなか難しいのである。普通に生きようと考えること自体すでに普通でないんだから。

夕方、鈴木大拙『無心ということ』と森鴎外短篇集を買う。

夜、娘の愛猫ルルが三日前からいなくなったと悲嘆にくれている様子。

そんな娘と猫のことが気になってこちらもやゝ不眠気味。

猫は理屈で行動するのではなく、気分で行動する。老年の理想的な生き方は猫の生き方を見習うべきだ。

夕方、キヌタ文庫で古本『量子力学・日月神示・般若心経・王仁三郎の超結論』を買う。

夜、ビデオで別府大分毎日マラソンを観る。(よこお・ただのり=美術家)
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