飼う人 書評|柳 美里(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月10日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

日常を構成するものの内実に深く切り込むスリリングな作品集

飼う人
著 者:柳 美里
出版社:文藝春秋
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飼う人(柳 美里)文藝春秋
飼う人
柳 美里
文藝春秋
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震災後文学ともいえる作品集である。3・11以降、日常生活は根本からいつ崩されるかもしれない脆さを内包していることを、私たちは痛いほど知らされた。本作は、その日常とは何によって構成されているものなのか、その内実に深く切り込むスリリングな作品集である。

収められた四篇のそれぞれの題名となっている「イボタガ」、「ウーパールーパー」「イエアメガエル」、「ツマグロヒョウモン」は、いわゆる猫や犬のようなメジャーなペットとは異なる。主人公たちは、心が折れてしまったときに、ふとこれらの昆虫や小動物に出会い、飼いはじめるのだ。40歳女性・主婦の「わたし」はイボタガの幼虫をトーマスと名付け、羽化を楽しみにする。ウーパールーパー(正しくはアホロートル)を飼いはじめた32歳男性・コンビニ店員は、かつては福利厚生のしっかりした企業に勤務し、やりがいのある仕事に就いていたが、ほどなくリストラが始まり自殺者も出て殺伐とした状況に陥り、やがて「自分」も退職するはめになった。以来、感情を封印しコンビニでせっせと体を動かして金銭を得ている。イエアメガエルを飼う少年は、除染の進む被災地で16歳の誕生日を迎えた。シングルマザーに育てられた「ぼく」は、高校受験期に母が愛人に捨てられ、生活の都合で母の故郷であった被災地に移り住む。本作は柳美里が住居を構えた南相馬での状況が反映されていて圧巻だ。

彼らが送る日常生活は、これまで過ごしてきた時間が生み出した疲労感や孤独感などで心が冷えてしまっている人のそれである。「イボタガ」は、子どもに恵まれないまま結婚生活十年が過ぎた専業主婦の「わたし」が、台風一過の夏の日差しが強い日にベランダの鉢植えオリーブの枝に留まっていた蛾の幼虫を見つけ、家の中のトイレで飼いはじめる。外から内へ、そして家の中でも最も狭い空間である個室へと場所を移されたイボタガの幼虫は、閉ざされた今の「わたし」を仮託する存在なのだろう。幼虫は脱皮を繰り返すことで姿を変えていき、最終的に土に戻って蛹になり翌春には羽化する。夫と二人きりの変化のない暮らしの中で「わたし」は、終齢期を迎えたイボタガの幼虫が無心に葉を食べる音を聞きながら、これまでの時間を振り返る。いまや何の希望も持てず、冗長性を帯びた日々を送り、唯一の希望がイボタガの羽化だった。だが―。

作品集最後の四作目に置かれた「ツマグロヒョウモン」は、「イボタガ」の続編で、語り手は夫に交代される。市役所勤務の39歳の男性「おれ」は、妻に去られ生活への気力を失う。妻から幼虫を踏んで殺してしまったのではないかと嫌疑をかけられた夫から見た結婚生活の風景は、完璧に家事をこなす妻のもとで、くつろぎを感じることのない緊張感漂うものだった。「おれ」は浮気するわけでなく風俗に行くこともなく月三万円のこずかいで生活することに不満を漏らすわけでもない。だが、妻は「トーマスは羽化しませんでした」の言葉を置いて家を出て行ってしまう。

かつては平凡に繰り返される日々が、私たちの生の根源を支えていたものだと思われていた。だが、現代はもはや日常生活でさえ支えにならない荒涼とした様相に変わったようだ。震災後に露呈した現実世界の厳しさが、いまやますます加速して行っていることに本作は気づかせてくれる。未来に希望を抱けないことは今に始まったわけではないし、地縁も血縁関係も希薄になり共同体も消え、人が他者に関心を寄せなくなってからも久しい。小さきものを飼うことで生命を預かる、それによってかろうじて自分の生をつなげていくギリギリの日常生活を本作では描いている。
この記事の中でご紹介した本
飼う人/文藝春秋
飼う人
著 者:柳 美里
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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