短篇小説の生成—鷗外〈豊熟の時代〉の文業、及びその外延 書評|新保 邦寛(ひつじ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月10日 / 新聞掲載日:2018年2月9日(第3226号)

明治期の短篇小説作法およびその解読法として読まれることを希求

短篇小説の生成—鷗外〈豊熟の時代〉の文業、及びその外延
著 者:新保 邦寛
出版社:ひつじ書房
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美しい結晶体で彩られた鉱石を採集し、その測定や分類を丁寧に終えたのち、ひとまとめの標本として、脱脂綿を敷き詰めた平たい箱へと収める。ひとつひとつの鉱物には学名や採集地を記入したラベルを添えるのだとして、標本箱そのものには、いったいどんな名を与えることができるだろうか。

『短篇小説の生成――鷗外〈豊熟の時代〉の文業、及びその外延――』(2017年10月、ひつじ書房)は、すでに『独歩と藤村―明治三十年代文学のコスモロジー』(1996年2月、有精堂)での論考や、新日本古典文学大系明治編28『国木田独歩・宮崎湖処子集』(2006年1月、岩波書店)における注釈で広く知られた新保邦寛の新著で、鷗外・谷崎の明治四十年代小説についての論考を収める。しかしこの書物は、ただ鷗外論として作家研究の書架に置かれることだけを望んではいない。むしろ本書は、ひろく明治期の短篇小説作法およびその解読法として読まれることを希求している。

序章「近代短篇小説の概念と方法」において、著者は短篇小説の生成を、いくらでも長篇小説へと引き延ばし可能な、明治二十年代の森鷗外「舞姫」にではなく、モーパッサンやツルゲーネフに示唆されつつ、近代短篇小説を様式として確立した明治三十年代の国木田独歩に求める。そのうえで、近代日本における短篇小説の内実を形成した作家として明治四十年代の鷗外を挙げるのだ。また、結末におかれた「解体する近代短篇小説と芥川龍之介」では、芥川を鷗外の開拓した近代短篇小説の継承者として位置付け、短篇小説を成り立たせている場の変容に伴って、昭和文学の先駆となっていった芥川の姿を明瞭に浮かび上がらせている。しかも、この終章は眩暈を覚えるほど情報量が多く、きっと芥川龍之介の短篇小説作法をめぐる書物についての予告篇にちがいないと思われるほどだ。このように、本書は明治三十年代から昭和初年代までの年代記を見据えながら、鷗外の〈豊熟の時代〉の短篇小説を検証していく。

本論をなす鷗外論は三章に分かたれており、〈語り手〉をめぐる問題を扱う第一章(「半日」「鶏」「花子」ほか)、演劇・絵画・詩といった他の〈芸術ジャンル〉との往還を扱う第二章(「普請中」「カズイスチカ」ほか)、文化的社会的コンテクストから読み解かれる小説のありさまを扱う第三章(「有楽門」「沈黙の塔」「田楽豆腐」「羽鳥千尋」)が設けられ、これに加えて、谷崎論として第四章(「刺青」「少年」「人面疽」)が附されている。いま、それぞれの鷗外論や谷崎論の細部に言及している余地はないが、著者が、みずからの論述の場を形作るために持ちだしてくる同時代言説や、例示してくる同時代小説の豊かさと広がりには、ページをめくるごとに必ず驚かされる。著者が、それぞれの短篇小説が成り立っている基層とその来歴を、どのように素描していくのか。こうした新保邦寛のルーペが鮮やかに可視化して見せる小説の綾の魅力、さらには、それを見出していく著者の眼差しと手つきを読むこと自体が、本書を読む最大の喜びであることは確かなことだ。だからこそ、本書の各論は、個別の作家論の枠組みから、するりと抜け出し、明治期短篇小説論を志向していけるのだ。

しかし、新保邦寛が手渡してくる、この鉱石の標本箱は、まるで鉛の金属活字を一杯に詰めた小箱のように、ずしりと重い。まずはこの重さに読者は、しばし打ちのめされるしかない。そうしたのちに我が身を起こし、みずからの小さな標本箱に収める鉱石を求めて採集に出向き、明治期の短篇小説が放つ光彩やその小さな結晶の連鎖に驚きつつ、ときに著者が小説を読む眼差しをルーペとして借りながら、みずからの眼で小説にきらめく結晶を凝視していくしか、本書の重さに向かい合う方法はないのだろう。
この記事の中でご紹介した本
短篇小説の生成—鷗外〈豊熟の時代〉の文業、及びその外延/ひつじ書房
短篇小説の生成—鷗外〈豊熟の時代〉の文業、及びその外延
著 者:新保 邦寛
出版社:ひつじ書房
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