連 載 ヌーヴェルヴァーグ/ラングロワ/バザン ジャン・ドゥーシェ氏に聞く44|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
2018年2月20日

連 載 ヌーヴェルヴァーグ/ラングロワ/バザン ジャン・ドゥーシェ氏に聞く44

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アヌシー映画祭にて、中央にシャブロルと右に一人おいてドゥーシェ(1965年頃)
HK 
 フランスでヌーヴェルヴァーグが大々的に始まった理由は、バザンとラングロワ、二人の存在にあったのではないですか。
JD 
 その通りです。バザンは、伝統の中にありながら開放的な知性を持ち合わせていました。ラングロワは、映画を発展させるための理解力を有していました。そして、私たち若い世代が、その知性と理解を発展させていきました。
HK 
 それに加えて、ドゥーシェさんの世代は、映画の歴史の中で、初めて映画を回顧的に見ることができた世代なのですよね。
JD 
 確かにそうです。ラングロワ以前に、シネマテークは存在していませんでした。シネマテークが本格的に機能するようになったのは、私たちがパリに着いた前後です。いずれにせよ、映画というものは、本当に若い芸術でした。無声映画の時代が終わった時、映画の歴史は40年ほどしか経っていません。実際に映画がいかなるものであるかを発見するまでに、25年ほどの歳月が必要でした。つまり、無声の時代に本当の映画的創造があった期間とは、実際には15年ほどしかありません。15年という時間は、大したものではありません。無声の時代が終わり、トーキーの時代が始まります。そこでまた、新たな15年が経過します。私たちがパリで映画に夢中になり始めるまでには、たった30年の映画言語の歴史が経過していただけでした。本当に新しい芸術だったのです。しかし、わずか30年が経過しただけで、当時の人々は、映画がいかなるものであるか、わかったつもりになっていました。そんなはずはありません。映画は、まさに開かれいく芸術だったのです。これがヌーヴェルヴァーグの持っていた考えです。映画とは動きであり、その動きを止めてはいけない、ありとあらゆる動きをとらなければいけない。このことを理解したのがヌーヴェルヴァーグです。

1950年には、本当に偉大な映画作家たちを除けば、多くの批評家や映画作家が、映画にはそれ以上の可能性がないと信じ込んでいました。それゆえに私たちは、ルノワールや溝口のような当時の真に偉大な映画作家を批評の中心に据えることで、それから先の映画を考えていたのです。小津を例にあげてもいいのですが、それに関しては少し慎重になりましょう。結局のところ、小津映画は、フランスでは十分に理解されていないからです。溝口とルノワールに関しては、過去の伝統の中にありながらも、同時に非常に現代的な作家であると理解できます。溝口もルノワールも、伝統的な映画の規則に縛られることなく映画を作る方法を持っていました。つまり、彼らは映画を発明することができたのです。だからこそ、私たちは彼らの作品を重要視し、好んでいたのです。
HK 
 ネオレアリズモも、ルノワールと共に始まっています。
JD 
 もちろんその通りです。ロッセリーニとルノワールの仲が非常に良かったのに、理由がないわけがありません。
HK 
 30年代には、ヴィスコンティもルノワールと一緒にいましたね。『ジャン・ルノワールのトニ』と『ピクニック』でアシスタントを務めています。
JD 
 映画を創造することができた作家たちがいることにはいたのです。例えばフリッツ・ラングのように、時代をまたいで映画を創造し続けることができた人もいます。私たちは、彼がアメリカでしたことは、本当に新しいことであると考え擁護しました。しかし、その当時の伝統に属する批評家たちは、ラングとは無声の時代の偉大な映画作家であり、アメリカに渡ってからはダメになってしまったと考えていました。
HK 
 アメリカ時代のラングは、日本でもフランスでも、今でも上映がなされています。
JD 
 喜ばしいことです。
HK 
 結局のところ、ヴァルダやルネのような作家たちとゴダールやトリュフォーたちが違うというのは、そこに省察があるかどうかということではないでしょうか。
JD 
 省察と問題提起、これが重要なことでした。その結果、誰もが批判など考えもしなかった人々を攻撃することになりました。マルセル・カルネやクロード・オータン=ララのような伝統の映画を作る人々は、フランスにとって完璧な存在でした。それを批難したのです。非常に暴力的な批判でした。 〈次号へつづく〉
〔聞き手=久保宏樹/写真提供:シネマテーク・ブルゴーニュ〕
2018年2月16日 新聞掲載(第3227号)
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