西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか 書評|仁科 邦男(草思社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年2月17日

異色の維新裏面史 
犬の目線から追った西郷隆盛論

西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか
著 者:仁科 邦男
出版社:草思社
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今年は明治維新百五十年にあたる。その十年後に最後の内戦「西南戦争」が起きて、維新の立役者だった西郷隆盛が自刃した。 

七か月に及んだ戦いが終わり、神戸に帰還した近衛兵が西郷の愛犬三匹を連れ帰ったという、小さな記事が大阪の新聞に載った。

政府軍と合わせて一万三千六百二十七人が戦死した戦場に、「反乱軍」総大将の西郷が愛犬を連れ歩いていたというのか。何のために、なぜ? ミステリーの謎を解くように、西郷と犬たちの物語がはじまる。

西郷は薩摩藩の下級武士に生まれ、藩主の島津斉彬に抜擢されて幕末政治に奔走する。紆余曲折を経て、維新を主導して新政府に参加したが、やがて士族たちを率いて挙兵する。

西郷は、安政六(一八五九)年に奄美大島で暮らすことになって、狩りに犬たちを連れて歩くようになった。

それからの西郷は、犬をかけがいのない仲間としてどこへでも連れて行った。一匹の犬だけを愛するというのではないらしく、連れ歩くのは同じ犬ではなく、いつも複数の犬が傍らにいた。良い犬と出会えば、欲しがった。

犬には、西郷がどれほど偉大な人物なのかはわからないが、西郷が犬をどのように思っていたのかを、著者は観察する。犬のためには大金を出すことをためらわない。ゆずってもらい、大金をわたそうとして相手がうけとらないと「世話をしたのは女房だろう。着物でも買ってやれ」という。維新前夜の京にも連れて行った。自分のためによくはたらいてくれる犬にはうまいものを食べさせたいと、京の祇園でも鹿児島でも、犬に鰻を食べさせた証言が多々ある。そんな西郷を、犬はほめたたえることもなく、おとしめることもなく、ただ従って歩いたのだ。本書は、犬の目線から追った西郷隆盛論である。
「犬と兎狩りと温泉」をワンセットにして歩き、西郷は押し寄せる激動の波をかいくぐり、戊辰戦争のさなかでさえ変えなかったその行動を、著者は丹念に追う。

西南戦争について「これは戦争ではない」と、西郷は戦いが終盤に及ぶまで考えていたという。本書の最大のポイントがここにある。

「挙兵」はあくまで、政府を「尋問」するために上京を図ったという大義が西郷にあった。官位剥奪の命令書を陣中で受け取った西郷は、東に向かって敬礼した。西郷が敬礼する相手は明治天皇だけだと著者は書く。

明治四年、西郷は上京し参議として宮中改革をした。若き天皇の身体を鍛え、慣例にしばられた宮中生活から解放した西郷を、天皇は信頼した。後のことだが、天皇が狩りを始めたり、犬を飼うようになって、「天皇を兎狩りに駆り立てたのは、西郷への追憶だったように思われる」と、著者は一章を立てて犬に託した天皇の思いを語っている。

戦場には、いつも犬がいた。西郷が犬を連れて、しばしば兎狩りもしているのも、戦争ではないという姿勢を見せていたのだ。互いに心を通わせていた明治天皇に敵対することなど、つまりは反乱など、西郷の脳裏にはなかったと、著者は犬連れの心情を指摘する。

西南戦争で、戦場の犬を追う第五章は圧巻である。

転戦しながら、兎狩りをする犬たちのその後はどうなったかまで追尾する「従軍記」は、ひたすら西郷の心に寄り添っていく。熊本城に籠城した鎮台兵らは、食料が不足して犬を食べた。そして、生家を占拠した西郷軍に愛犬を食べられた徳富健次郎少年(蘆花)の深い悲しみが、戦場のもう一つの現実を描く。犬を厚遇したのは、西郷だけだったのかもしれない。 

西南戦争と西郷の犬連れ出陣にきちんと言及したのは、「私が知る限り」司馬遼太郎だけだと著者はいう。敗色濃いなかで部下と溝が生まれ「最後は犬に」という司馬観に対して、「犬は(西郷の心に)最初からいた」とする。独走する部下たち、つまりは人間より犬を信じていた西郷だったということだ。

著者は犬に傾倒し、資料を集め、ライフワークとしている。明治の西洋化で日本の犬は放し飼いから繋いで飼うペットになった経緯が前著『犬たちの明治維新ポチの誕生』に詳しい。犬と西郷の年表までつけた本書は空前絶後! 異色の維新裏面史である。
この記事の中でご紹介した本
西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか/草思社
西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか
著 者:仁科 邦男
出版社:草思社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月16日 新聞掲載(第3227号)
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