日本経済の心臓 証券市場誕生!  書評|(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月17日

相場に生きた者たちの営みを伝える 
冗談のような貴重な記録も

日本経済の心臓 証券市場誕生! 
編 集:日本取引所グループ
出版社:集英社
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仮想通貨の取引所で起こった大規模な盗難事件が世間を賑わしている。金融がどんどんバーチャルなものになる現在、取引所の存在は自明ではなく、常にその意義が問われるものとなっている。そもそも取引所とは何だろうと思いを巡らせるなら、東証・大証の運営会社であるJPX社が日本の証券取引所の生い立ちをコンパクトにまとめた本書で、歴史を紐解いてみるのはどうだろう。

江戸幕府第8代将軍徳川吉宗が大阪に開いた堂島米会所は、世界で初めて証券先物取引が行われた公設市場として知られる。そこでは米を媒介とした高度な金融システムが自然発生的に形成されていた。重くかさばる米を実際に動かすことなく取引するために用いられた米切手こめきっては、やがて特定の米俵とは切り離された有価証券として流通するようになった。取引対象は米の現物よりも、将来時点の米切手を売買する先渡さきわたし取引が主流となった。

財政難に苦しむ諸藩は、蔵に米がなくても将来入る米をあてにした空米切手からこめきってを発行して借金をした。米切手の売出しは現代の国債入札と同様の方式で行われ、転売セカンダリー市場も存在した。このあたり、当時の制度が現代の用語で正確に書かれており興味深い。

大阪の米価は日本中に波及したため、その情報をいかに早く知るかが死命を決した。商人たちは旗信号で山伝いに情報を送る術を編み出し、大阪から京都までわずか4分で相場を伝えたという。

明治に入ると、米で財政をまかなう藩という存在が消滅し、米会所は金融市場としての役割を終える。新しい取引所は、困窮士族が手放した秩禄公債を売買する場として始まった。その立役者は日米修好通商条約によって開港された横浜の、荒っぽい洋銀相場でのしあがった男たちであった。いきおい取引手法は江戸期との連続性が強く、戦前の株式市場では、株式移転を伴う投資目的の取引ではなく、投機目的の個別株先物取引が大半を占めることとなった。

戦時中は取引所も統制下に置かれた。政府は株価維持のため取引所を通じて株を買い付け、現在に続く株価対策の端緒となった。

終戦を迎え、苦労してGHQの許可を得て新体制で再開した後は、高度成長に乗り発展。いきいきと描かれた「バブル期のある日の株券売買立会場」が面白い。各銘柄の板の前で屈強な男たちが肉弾戦を繰り広げる。立会場の喧騒のなかでも届く「野鳥のような大声」をあげ、手サインを駆使して注文を伝える。コンピュータ化された今となっては全てが冗談のような、貴重な記録である。

「相場の神様」こと本間宗久をはじめ相場師たちの物語や、立会の合間につまむ鮨や大商いの振る舞い弁当など取引所文化を伝える挿話も秀逸。相場はあらゆる感傷が排除されるはずの場だが、その風情を愛する人は多い。人々はいつでも最先端の技術や寝技を駆使して相場に励む。取引所も決して無色透明ではなく、常に政治と表裏一体であった。無味乾燥な社史ではなく、相場に生きた者たちの営みを伝える本になっている。(鹿島茂監修)

株式会社日本取引所グループ:Japan Exchange Group=世界有数の規模の株式市場を運営する東京証券取引所グループとデリバティブ取引において国内最大シェアを誇る大阪証券取引所が二〇一三年一月に経営統合して誕生した持株会社。
この記事の中でご紹介した本
日本経済の心臓 証券市場誕生! /集英社
日本経済の心臓 証券市場誕生! 
編 集:日本取引所グループ
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月16日 新聞掲載(第3227号)
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