本物の読書家 書評|乗代 雄介(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月17日 / 新聞掲載日:2018年2月16日(第3227号)

常に挑戦的な姿勢の作家 
文学にいくつもの声を混じりこませようと

本物の読書家
著 者:乗代 雄介
出版社:講談社
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本物の読書家(乗代 雄介)講談社
本物の読書家
乗代 雄介
講談社
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表題作である「本物の読書家」について語ろう。

読書は競争ではない。読む量も速度も個人の自由であり、ノルマや義務が課されているわけでもない。だが同時に、読書家の多くが可能な限り多くの本を読む必要があるという奇妙な強迫観念に囚われることも確かであり、そうであるが故に彼らは自分以上に本を読んでいる人間に対して嫉妬や畏敬の念を抱く。そして本書の表題作である「本物の読書家」は、まさにそうした読書家の繊細な心理を描き出すものなのだ。

語り手である間氷は、大叔父を老人ホームに送るため電車に乗るが、そこでやたらと作家の誕生日やら文学やらに詳しい田上という男と相席することになる。ここで本作は間氷、大叔父、田上という三人の読書家の交流を巡る物語としての側面を見せるが、それは互いが読書行為について建設的な意見を交わすというような平穏なものではない。

田上は露骨な悪事を働いたり、間氷や大叔父に対して無礼な言葉を発したりするわけではないのだが、その言葉の端々には、読書あるいは文学に関する深い教養がにじみ出ており、それが同じ読書家である間氷の精神を次第に圧迫していくのである。結果、小説は田上と間氷のどちらが読書家として上であるかという競争、マウンティングの舞台へと移行する。

ところが物語の後半、大叔父が唐突に三者関係の中で重要な位置を占めることになる。この大叔父はもともと川端康成からの手紙を所有していると噂されていたのだが、それは単なる文通のような範囲におさまるものではなかった。大叔父の日記を田上と間氷が読み進める中で明らかになったのは、なんと川端康成の傑作短篇『片腕』の事実上の創作者が目の前にいる大叔父だということだった。

これを知った田上は興奮し、大叔父に次々と質問を投げかけていくのだが、その時点で彼は完全に間氷に対する関心をなくしていた。そして追い打ちをかけるように、田上は大叔父と自分との会話に割り込もうとしてくる間氷に対し、「こんなこと言いたないんやけど、黙っといてもらえまへんか?」と言い放つ。

ここで間氷は二重の敗北を味わうことになる。読書家としての田上と、文学者としての大叔父に対する敗北である。最終的に、トイレに向かおうとした大叔父を甥である間氷ではなく田上が運ぶという、二人の信頼関係を印象付けるシーンによって、三人の関係は締めくくられる。

だが、本作を語るにあたっては、小説の合間合間に、間氷による文学作品の引用が大量に挿し込まれているという事実を無視するわけにはいかない。本作において間氷は、大叔父や田上との会話とは別に、フォークナー『エミリーに薔薇を』やサリンジャー『シーモア―序章―』といった作品を引用し、解説を行う。構造的に見れば、これは外部テクストを物語に挿入し、小説を多声的にする行為なのだが、問題はこの手法がどのような効果を発揮するのかという点である。

解答はシンプルだ。間氷は、自身の文学的教養を、我々読者に向けてアピールしているのである。自分はこれだけの本を読んできた、自分は小説をこのような視点で捉えることができる。二重の敗北によって打ち砕かれた彼の読書家としての自尊心は、物語外の存在である読者からの承認を得ることによって部分的に回復されるのである。

いわば本作は、上述したようなメタ構造を利用し、読書家とは何かという問いの解答を読者に委ねるような実験性に満ちた小説なのだ。本書に収録されている「未熟な同感者」が読むことと書くことの同一性を多面的な構造から描こうとした作品であることも踏まえると、乗代雄介という作家が常に挑戦的な姿勢をとっていることは明らかである。単線的な物語ではなく、外部のテクストを挿入し自身のコンテクストへ溶け込ませることで小説に、あるいは文学にいくつもの声を混じりこませようとする営為は評価されて然るべきものだろう。
この記事の中でご紹介した本
本物の読書家/講談社
本物の読書家
著 者:乗代 雄介
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
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