ジェネリック それは新薬と同じなのか 書評|ジェレミー・A・グリーン(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年2月24日

薬を民主化したジェネリック 
医術の結晶から神秘のベールをはぎ取る

ジェネリック それは新薬と同じなのか
著 者:ジェレミー・A・グリーン
翻訳者:野中 香方子
出版社:みすず書房
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二つの三角形が相似であることはいくつかの条件を満たしていると示すことで証明できる。古代ギリシャでも現代日本でも、その条件は変わらない。時代や地域に関係なく議論できる点が、数学の特徴である。

抽象的な数学と現実社会に根ざす医薬品を単純に比較できないが、ブランド薬と、基本的には「同じ」効果を発揮する薬であるはずのジェネリックの同等性を決める条件は、時代や地域によっても変化した。ある年、ある地域で同じとされた薬が別の年、別の地域では異なるとされたのである。筆者もしばしばお世話になるジェネリックに、そんな歴史があったとは本書を読むまで知らなかった。

薬効成分が同じなら効能も同じと最初は考えられた。しかし話はそんなに単純ではなかった。薬は薬効成分だけでできているわけではない。後に結合材や添加剤によっても効能が異なりうることが明らかになって同等性の条件は変わった。工場の設備やメンテナンス状況が違えば、品質も異なる。規制当局が管理しても、ブランド薬とジェネリックの同等性の条件に対して異議申し立てが繰り返し入る。そのたびに誰がどう決めるのかを巡って主導権争いが医師、薬剤師、製薬企業、消費者の間で勃発した。

薬には口うるさいステークホルダーが多数関わる。ブランド薬の開発企業は、なるべく自社の薬を長く売って儲けたいから同等性の条件は厳しい方がいい。ジェネリックメーカーは同等性の条件はなるべく緩くして、早く自社の製品を市場に投入したい。この二者のにらみ合いに、裁量権を広げたい薬剤師と奪われたくない医師の縄張り争いが加わる。こうして薬の同等性の条件がゆらぐのである。二種の薬を同一と見なす条件を探る生物薬剤学や、薬が体内のどこにどう移動してゆくかを計測したりモデリングしたりする薬物動態学が新たに立ち上がるが、同等性の条件に関する統一見解はなかなか得られていない。さらに最近では、特定の細胞や生物に作らせたバイオ医薬品も数多く登場して、同等性をめぐる議論はますます混迷を深めつつある。

それでも医師で、医学史家でもある著者は「健康管理サービスを安く提供することに総じて失敗してきた医療分野において、高価なブランド薬を生物学的に同等で割安なジェネリックで代替できるようになったことは、数少ない快挙」と、ジェネリックを高く評価する。プライマリ・ケアの医師として「自分が書いた処方箋のほとんどにジェネリックが出されることを期待している」ともいう。同等性の条件は時代ごとに、地域ごとに変化するとしても、医療サービスの質の向上や低コスト化にジェネリックが役立っているのはたしかだからだ。医療サービスの享受者であるわれわれの選択肢もジェネリックのおかげで確実に増えている。大げさかもしれないが、ジェネリックは、民衆には近寄りがたかった医術の結晶から神秘のベールをはぎ取り、薬を民主化したと言えそうだ。

本書は、米国の健康政策の変遷をたどりつつ、最初は悪者扱いされたジェネリックが、次第に信頼を得て地位を確立し、そのメーカーも小規模なものから従来の大手製薬企業に匹敵するほど巨大化していった歴史を描いている。しかし、中心に据えられているのは「同じとはどういうことなのか」という哲学的命題である。したがって本書は他の分野にも応用可能である。筆者は、本書をヒントに、コンピュータのソフトウェアの互換性をめぐる問題や、料理のレシピと作る人の関係を、ジェネリックにまつわる歴史の相似形として捉えてみたくなった。読む人によってさまざまな読み方ができる本である。(野中香方子訳)
この記事の中でご紹介した本
ジェネリック それは新薬と同じなのか/みすず書房
ジェネリック それは新薬と同じなのか
著 者:ジェレミー・A・グリーン
翻訳者:野中 香方子
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年2月23日 新聞掲載(第3228号)
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