憲法パトリオティズム 書評|ヤン=ヴェルナー・ミュラー(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月24日 / 新聞掲載日:2018年2月23日(第3228号)

現状理解に適した学びの書 
憲法改正の議論が活発化される中で

憲法パトリオティズム
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:法政大学出版局
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憲法パトリオティズムという言葉ですぐに思い出すのは、ドイツ統一に際してのJ・ハーバーマスの立場、すなわち、「全ドイツ国民は、自由な自己決定で、ドイツの統一と自由を完成するように要請されている」という基本法前文に基づき、ドイツ統一のプロセスにおいて自己決定という市民たちの権利を最優先させるべきであると主張したときの立場、「政治以前の所与によって予断されたもの」ではなく、「国家公民から成る国民が体する規範的価値」体系としての憲法、普遍的価値に基づく憲法との同一化を強調する立場であるが、これと連動していつも蘇るのは、「沖縄の日本復帰」に際して、「沖縄の人々は、普遍的価値を有する日本国憲法を選択した」という沖縄のある政治学者の発言である。沖縄の人々は、日本国憲法の「恒久平和主義と基本的人権の保障という普遍的性格を信頼して、憲法への復帰を選択した」という発言と沖縄の現実に、当時、強い衝撃を受けたことを覚えている。

さて、本書は、「憲法パトリオティズムの議論が当初展開された政治的かつ思想的な歴史的コンテクストについて最も正確で注意深い説明」(J・ハーバーマス)を行っている、「憲法パトリオティズム論の決定版」という評価を得た訳書である。

憲法パトリオティズムは、「政治的愛着の中心がリベラル・デモクラシー憲法の持つ諸規範、諸価値、間接的には諸手続きに置かれるというアイディア」として、戦後の分断されたドイツで生まれ、「正式な」ナショナル・アイデンティティの「貧相な」代替物とみなされていたが、1990年代以降、「多文化化する社会に対する市民的、非ナショナル的愛着の、規範的な魅力を伴う形態」として復活し、今日では、「全体としての市民体のためのアイデンティティ・メカニズム」が欠けているとされるEUのような「超国家的、正体不明の存在」において「市民的同一化」を概念化する方法として提示されている。本書は、憲法パトリオティズムが「『同族的』ライバルであるリベラル・ナショナリズムよりもリベラルな政治的帰結を導くことのできる手法で、市民の紐帯を理論づけうる」ことを示そうとしたものである。

1章では、憲法パトリオティズムの起源をカール・ヤスパースにまで遡り、ドルフ・シュテルンベルガー、ハーバーマスへとつながる系譜を、シュテルンベルガーの憲法パトリオティズムがカール・レーベンシュタインの「闘う民主主義」と親密な関係を持っていることや、ハーバーマスがシュテルンベルガーの憲法パトリオティズムから国家主義的要素を取り除き、強力な普遍主義的要素を付け加え、「合理化されたアイデンティティ」形成の場としての公共圏を中心に据えて論じたことなどを、明らかにする。また、憲法パトリオティズムの闘争性と記憶との関連性は戦後の両ドイツの特異な状況によるものだとしながらも、憲法パトリオティズムのもつ道徳性、闘争性、記憶には概念的関連性があると指摘する。

2章では、憲法パトリオティズムを一般理論としてとらえ、この理論を支える諸要素について論じている。たとえば、憲法パトリオティズムは、「民主的な政治的ルールを考え、正当化し、そして維持するという難問への応答の一部」であり、「市民が政治的ルールの特定の形態を維持するために必要とされる信念や性向を概念化するもの」ととらえる。なぜなら、「自らを少数派であると認識する時に市民がその状況を受け入れるために」必要な「憲法の必須事項」(J・ロールズ)、「正統な法を生み出すと想定される一般的手続き」を市民が是認していなければならないからである。また、憲法パトリオティズムは、少数派に「敗者の同意」を示す規範的理由を与えるだけでなく、「不公平に扱われたと彼らが感じた時に、多数派の決定に異議申し立てする言語を提供する」。これは、「憲法文化」(憲法アイデンティティ)と言えるものであるが、「憲法文化」は、「憲法、憲法文化、そしてより一般的な意味における多様かつ発展的な一連の文化的自己理解(国家的自己理解を含む)が互いに影響を与え、そして理想的には互いに補強するという循環的なプロセス」によって形成される。したがって、憲法パトリオティズムは、「憲法という考え方」それ自体への愛着、すなわち、市民が相互に正当化しうる政治的協働に関する公正な条項を見つけるべきであるという観念への愛着であり、「開かれた未来と、市民が新たな経験に照らして自らの愛着の理由、対象、形式を進んで調整すること」を前提とした「集合的学習過程」(ハーバーマス)と言える、などである。

3章では、一般的理論としての憲法パトリオティズムを、「未確認政治物体」としてのEUに適用し、ヨーロッパ憲法パトリオティズムについて論じている。その際、EU分析に関しては、「普遍主義的理念はどのようにして既存の政治組織において効果的なものとなり得るか」というハーバーマス的方法ではなく、「いかなる協働についての道徳的原理を実際のEUの立憲化プロセスの中に見出すことができるか」というヘーゲル的方法で分析し、熟議と相互理解についてのEU固有の特徴を取り上げながら、その差異と相互承認の理解についていくつかの疑念を示し、「何らかの『読める』憲法」の必要性を指摘する。その上で、憲法パトリオティズムは、「『読める』憲法」への静態的愛着ではないこと、プロジェクトとして継続的に取り組み続けることの重要性を指摘している。「後記」では、憲法パトリオティズムを「世界の他の場所に対してモデルとして役立ちうる」、とりわけ、「批判的シティズンシップという構想」のモデルとして役立つと指摘し、憲法パトリオティズムは「議論のための議論として用いられれば用いられるほど」「民主主義の敵と疑われているものとの関わり合いを促進するのに従事すればするほど」「成功を収める」と主張する。著者の研究対象の一人でもあるC・シュミットを重要な論点でたびたび引き合いに出していたことが印象的である。

憲法改正の議論が活発化されることの予想される状況において、特に「日本人にふさわしい憲法」といった議論が喧しくなるなか、本書のもつ意義は極めて大きい。本書の目的には、「憲法パトリオティズムにまつわる誤解の解消」や、「憲法パトリオティズムを社会統合の魅力のある構想として擁護すること」なども含まれていて、本書は、良質の「監訳者あとがき」とともに、読めば読むほど得られるものの多い、わが国の現状理解に適した学びの書である。
この記事の中でご紹介した本
憲法パトリオティズム/法政大学出版局
憲法パトリオティズム
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:法政大学出版局
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