夏目漱石芥川龍之介論考 書評|仁平 道明(武蔵野書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年2月24日

資料博捜による〈読み〉の成果 
スケールの大きい著者の力作論集の誕生

夏目漱石芥川龍之介論考
著 者:仁平 道明
出版社:武蔵野書院
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昨年は夏目漱石生誕一五〇年、芥川龍之介没後九〇年に当たった。本書の刊行日が二〇一七年一二月九日となっているのも、漱石の没した日を意識した処置であろう。本書には生涯を掛けてこの二人の作家の文献収集に当たり、そこから多くの研究者が見落としてきたことを指摘し、新しい〈読み〉を提示する著者の面目が躍如としている。

本書は題名通り夏目漱石と芥川龍之介とに関する著者の論考が、集大成されたものである。A5判四〇〇ページを超える大著である。内容は「第Ⅰ部 夏目漱石論考」と「第Ⅱ部 芥川龍之介論考」の二部に分かれる。一つ一つの論は、堅実な実証に立ち、しかも折々にすぐれた推論が投じられて、テクストの〈読み〉を大きく拓いている。

著者仁平道明は、日本の古典文学研究者としてもすぐれた業績を持つ。『源氏物語』をはじめとする日本古典文学研究者としての著者の名は早くから知られていたし、『和漢比較文学論考』(武蔵野書院、二〇〇〇・五)という名著がある。近年は『源氏物語と東アジア』『源氏物語と白氏文集』といった編著も存在する。著者は研究の学際化、国際化、さらには越境に意識的であり、比較文学の方法を日本文学研究に採り入れることを常に意識する研究者と言えようか。こうした著者の方法は、出身校の東北大学文学部の学風ともかかわりがあろう。また、音楽や美術への著者の強い関心は、その論述を補強し、さらには近年しばしば外国の教壇に立ち、外部から日本文学を考えるという視点を得たことも、本書の成立に寄与しているかのようだ。以下、いくつかの論考にふれよう。

本書第Ⅰ部は、漱石論考八編と付録に資料編ともいえる四編の文章を収める。どれもが自身の所蔵する厖大な収集資料と、勤務した東北大学附属図書館の「漱石文庫」資料を駆使して成る。巻頭の「ロンドンの漱石、帰ってきた漱石―「渡航日記」・クレイグ・オックスフォード―」に、早くもそれは見られる。これまでとかく漱石のロンドン生活は、「不愉快」な一語に収斂されがちだったのを、そうとばかりは考えられないとし、帰国後の生活の中では、「ロンドンは、そしてイギリスは、ときに懐かしく心に浮かぶ土地だったのではないか」の推論を呼ぶ。続く「漱石の美術への関心」も然りである。これも資料を博捜した上で成った論であり、実証に基づく発言が多く、説得力に富む。それは「夏目漱石における朝鮮」においても言えることだ。「満韓ところどころ」への諸家の論に対する反駁を含み、説得力に富む。漱石擁護の視点鮮明な論である。「「野分」の構造と主題」からも何かと教えられる。先行文献によく眼を配り、批判的立場から自説を展開するという論は、新たな作品の<読み>を拓く。それは「汝の目のまへに取て」と「美禰子の結婚」の二つの「三四郎」論に関しても言えることだ。『旧約聖書』の「詩篇」や「サムエル記下」の強い影響を読むという論者の指摘は首肯できる。

「第Ⅱ部 芥川龍之介論考」に入ろう。ここに収録された諸論も新資料に支えられたもので、古びないものが多い。三年ほど前、茨城大学で開かれたある学会で、わたしは著者収集のおびただしい芥川文献の一部の展示に接したが、それはなまなかなものではなく、息を呑むほど徹底したものであった。著者は芥川資料のコレクターとしても一流なのである。最初に置かれた「芥川龍之介「野呂松人形」の創作方法」は、そうした著者の芥川文献収集の成果に立った論で、圧巻だ。本論は韓国仁川大学校での国際芥川龍之介学会(二〇一〇・八・二〇)での報告を基にしたもので、これまで作者芥川の体験であったかのように論じられた来た本作に、『都新聞』毎月付録の『都の華』第57号(一九〇二・八・二三)掲載の「野呂松人形」が下書きにされていたことを指摘する。そこから著者は後年の一連の「保吉もの」も、芥川自身の体験のみではなく、「虚構の体験」に負っていることに言い及ぶ。実証に支えられた論考の揺るぎない強さに思い至る。

第Ⅱ部では、他に「芋粥」「偸盗」「雛」「藪の中」「一塊の土」、それに近年芥川最大の作品として再評価・再発見される傾向のある「地獄変」が採り上げられ、著者らしい<読み>に立つ見解が述べられる。これは台湾大学日本語文学系の『二〇〇二日本研究国際会議論文集』(二〇〇二・一二)に収められたもので、これまで日本の研究者の目に触れることの少なかったものの、今や「地獄変」研究の重要文献として浮上するに至った。先行文献に十分目をとめ、その上で自説を説得力豊かに展開する論法には魅力が尽きない。

著者の「地獄変」論の圧巻は、タイトルが「慌しく遠のいて行くもう一人の足音」と題されている〈読み〉にある。これまでの多くの論が娘の危機を、大殿や良秀に見出すのに対し、そこに第三の男との恋を考えるという視点の新鮮さは、尋常ではない。芥川の語りの方法をしっかりと押さえた力作論考だ。これまで日本の研究者の目に留まることの少なかった本論が、本書に収められたことには、大きな意味がある。

総じて本書は、実証を研究の基本に置き、日本古典やヨーロッパ文学をも視野に入れて展開する。仁平道明というスケールの大きい、東西の文学に通じた研究者の生んだ著作の誕生を心から喜びたい。
この記事の中でご紹介した本
夏目漱石芥川龍之介論考/武蔵野書院
夏目漱石芥川龍之介論考
著 者:仁平 道明
出版社:武蔵野書院
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2018年2月23日 新聞掲載(第3228号)
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