第六十九回 読売文学賞贈賞式|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月2日 / 新聞掲載日:2018年3月2日(第3229号)

第六十九回 読売文学賞贈賞式

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左から東山、保苅、米本、山口、関口の各氏
2月21日、東京都内で第69回読売文学賞の贈賞式が行われた。受賞作品は、小説賞が東山彰良氏の『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋)、随筆・紀行賞が保苅瑞穂氏の『モンテーニュの書斎『エセー』を読む』(講談社)、評論・伝記賞が米本浩二氏の『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』(新潮社)、詩歌俳句賞が山口昭男氏の句集『木簡』(青磁社)、研究・翻訳賞が関口時正氏訳のボレスワフ・プルス『人形』(未知谷)。(戯曲・シナリオ賞は受賞作なし)
受賞者挨拶で東山氏は「最近越境文学について質問されることが多くなったように思いますが、これはおそらく僕が台湾出身で、日本で暮らし日本語で小説を書いているからでしょうが、残念ながら僕には越境文学とはなんぞやということを明確に定義することは出来ません。それでもつらつらと考えることはあります。物語というものは葛藤によって動いていくもので、主人公の内面、もしくは他者と出会うことで生じる葛藤を解消していく過程で生まれていくのだろうと思います。この葛藤に越境の要素が入ってきたものが、越境文学を構成する要素なのではないか。そう考えると僕のこの小説の少年たちを突き動かしているのは、台湾とアメリカを舞台にしていても越境という要素ではないので、越境文学とは呼べないと思います。むしろ越境が葛藤となって突き動かされたのは作者である僕自身だったような気がします。台湾で生まれ日本で育ち、人生の割合に早い時期に、一つの人生から切り離されて、もう一つの人生を与えられたという見方もできるかもしれません。日本に暮らしてもう40年以上、日本を故郷だとも思っていますが、それでも心の中で、切り離されてしまったほうの人生に対する思いがずっとあるように思います。僕が過ごせなかった、あるいはあり得たかもしれない人生に対する憧れが、僕自身の葛藤となってこの小説を書かせたのではないかと思います。今回この作品が栄えある賞を頂戴できて、本当に光栄です」と話した。
評伝 石牟礼道子(米本 浩二)新潮社
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米本 浩二
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米本氏は「水俣では人が苦しんでいるのを放っておけない人を「悶え神さま」と言いますが、若い頃戦災孤児を家に引き取って育てた石牟礼さんはまさに悶え神さまでした。最晩年は入院が多かったのですが、ベッドに横になっていてもお見舞いに来る人のことを思いやるような、最後まで悶え神さまでした。道子さんから教えてもらったことはたくさんありますが、一つだけ言うと、世の中は苦に満ちている。苦難そのものの人生だが、そこから逃げてはいけない。苦難の中に飛び込んで行きなさい。別に打ち勝たなくてもいい。ねばっていたら道が開けますと。賞が内定したことは口に出してはいけないのですが、石牟礼さんにだけは言わなければいけないと、電話をもらった翌日に道子さんのところに行きました。裁縫をしておられましたが、読売文学賞を貰いましたと言ったら、「よか賞をもらいました。不器用なあなたがよくおもらいですね。このごろ聞いたなかでは一番嬉しか話です。」と言ってくれました。生きておられる間に報告が出来て本当に良かったと思っています。分かり合えないのが人間であるのならば、正義の回路をどうやって開くのかというのが石牟礼さんの生涯の問いだったと思います。石牟礼さんの魂は彼女が書いた文章に戻って行かれたのかなと思っています。道子さんにはおよびも付きませんが、生ある限り石牟礼道子を書いていきたいと思っております」と語った。

保苅氏、山口氏、関口氏らも自身の仕事について、また今回の受賞に対しての思いをそれぞれに述べ、選考委員の一人である川上弘美氏の乾杯の音頭で、会は祝賀会へと移行した。
この記事の中でご紹介した本
僕が殺した人と僕を殺した人/文藝春秋
僕が殺した人と僕を殺した人
著 者:東山 彰良
出版社:文藝春秋
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評伝 石牟礼道子/新潮社
評伝 石牟礼道子
著 者:米本 浩二
出版社:新潮社
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