アレゴリーで読むアメリカ/文学 ジェンダーとゴシックの修辞学 書評|武田 悠一(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月3日

アメリカが抱える「不安」からアメリカ文学を読み解く

アレゴリーで読むアメリカ/文学 ジェンダーとゴシックの修辞学
著 者:武田 悠一
出版社:春風社
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昨年一月の大統領就任式で、ドナルド・トランプは力強くこう述べていた。「あなたがたの声が、希望が、そして夢が、アメリカの運命を決めるのです。あなたがたの勇気と良心と愛がこれからもずっとわたしたちを導くのです」。果たして、トランプの述べる「あなたがた」や「わたしたち」とは誰のことなのか。誰がこの中に含まれるのだろうか。はたまた、この彼の言葉は約束なのか、事実の確認なのか。

もちろん表面的にはここで言われる人々は「アメリカ国民」ということになるだろう。だがことはそう簡単ではない。なぜなら、アメリカの建国に際して公布された独立宣言がすでに「われわれ」の中にはいらない人々を生み出していたからだ。独立宣言の「すべての人は平等である」という言葉はつねにすでに裏切られていた。この言葉のあやうさをもちいながら、アメリカ文学を読み解く知的興奮に満ちた一冊が刊行された。武田悠一氏の『アレゴリーで読むアメリカ/文学』がそれである。

もちろんアメリカの建国の理念である「すべての人はみな平等に作られている」の「すべて」の中に女性や黒人、ネイティヴ・アメリカンの人々が含まれていないことは、『所感宣言』や公民権運動などの歴史からも明らかだろう。しかし本書が注目するのは、「人間」と「人間ではないもの」との境界への疑問だけではなく、境界そのものが曖昧であることからくる「不安」をアメリカが抱えているという点に他ならない。それは翻って、「白人」であり「男性」であるがゆえの不安ともなる。その不安を表現するジャンルとして、本書はヨーロッパのゴシック作品とは異なる「アメリカン・ゴシック」を再定位するのである。

序章をのぞき全一二章からなる本書が論じるトピックは多岐にわたる。ヴァージニアのジョン・スミスとポカホンタス、一七世紀ニューイングランドにおける魔女裁判といった植民地時代から議論が始まり、アメリカン・ゴシックの祖と目されるチャールズ・ブロックデン・ブラウン、美女再生譚を残したエドガー・アラン・ポー、男性性と女性性を体現する詩人と解釈されがちなホイットマンとディキンスン、共同体を攪乱しつつ内部にとどまるヒロイン、ヘスター・プリンをうみだしたナサニエル・ホーソーンまでが本書の前半で論じられている。本書の後半は20世紀作品へと主軸が移り、ヘミングウェイ、『M.バタフライ』、映画版『フランケンシュタイン』、ヒッチコックの「めまい」、そして『羊たちの沈黙』へと続く。

このようにまとめると、一見するとあちこちに話題が飛んでいるかに見えるかもしれない。しかし上記のトピックはいずれも、アメリカが抱える「不安」がいかにジェンダーやセクシュアリティの問題と深く結びついているかを物語っている。「人」という枠組みからはずされた存在が、それぞれの作品の中で言語的転回を果たして回帰するさまを、本書は緻密に論じている。特に印象ぶかいのは第三章の『ウィーランド』を中心としたアメリカン・ゴシック論と、その続編とも考えられる最終章の『羊たちの沈黙』論である。第三章では、ゴシック論をアブジェクトされたジェンダーやセクシュアリティと接続させながら、取り憑いていた過去に対する不安、支配されていたものたちが回帰することへの恐怖の系譜は、最終的にはトマス・ハリス原作、ジョナサン・デミ監督の映画『羊たちの沈黙』へと結実することになる。第一二章は同作品を中心に論じた映画論であるが、その議論の面白さに、わたしは思わず『羊たちの沈黙』を見直してしまった。

テクストが何を意味し、なにを裏切っているのかを追求すること――たとえば独立宣言の「われわれ」が誰を排除しているのかを意識すること――によって、「アメリカ」を読み直す作業が、いまこそ重要であると思われるが、本書はそのような現在において、広く読まれたい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
アレゴリーで読むアメリカ/文学  ジェンダーとゴシックの修辞学/春風社
アレゴリーで読むアメリカ/文学 ジェンダーとゴシックの修辞学
著 者:武田 悠一
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月2日 新聞掲載(第3229号)
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