芥川賞について話をしよう 第13弾 小谷野敦・小澤英実|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月9日 / 新聞掲載日:2018年3月9日(第3230号)

芥川賞について話をしよう 第13弾
小谷野敦・小澤英実

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第2回
理知的な作品

小谷野 敦氏
小澤 
 岩手弁のリズムがだんだんオノマトペみたいに思えてきて面白かったんです。元々「おらおらでひとりいぐも」というタイトル自体、宮沢賢治の「永訣の朝」から取られていますが、賢治の文章もオノマトペが特徴的ですよね。それから作中にジャズの話が出てきますが、読んでいるうちに筒井康隆の『バブリング創世記』を思い出しました。あれはジャズのスキャットの手法で書かれていて、全編がオノマトペで構成されていますが、「おらおらで」に書かれている東北弁も、私にはだんだんスキャットみたいに聞こえてきてグルーヴ感があった。なおかつ地の文も、かなりリズムを重視して書かれている。たとえば「ゴキブリ、げじげじの類を見れば、良人も驚くほどの叫声をあげてこれを呼ばい、押っ取り刀で駆けつけてやっつけてくれるかの人を後ろから惚れ惚れと見つめ」とか、「良人も驚く」と「押っ取り刀」とで韻を踏んだり、「げじげじ」「惚れ惚れ」とか濁音多めでリズムを整えたり、リズムの気持ちよさをかなり綿密に意識しています。そこに女の老いという主題をこれだけ前向きに描いたこと。このふたつで十分受賞に値すると思います。
小谷野 
 『バブリング創世記』の場合、創世記のパロディだから面白いのであって、東北弁で書かれたというだけでは何が面白いのか。
小澤 
 うーん。東北弁がむしろオノマトペのパロディに思えてきたり……しませんね。
小谷野 
 私には、まったく面白くない。オノマトペが面白いとか言っていると、井上ひさしを思い出してしまう。偏差値で言うと、四四ですね。
小澤 
 そんなに低いですか……。小谷野さんが好きな、私小説的な作品でもありますよね。
小谷野 
 駄目な私小説の典型です。すごく平坦な日々を、ただ書いている。それに比べると、「百年泥」は面白かった。偏差値五八は付けてもいい。石井は早稲田の文学部卒で、三六歳の時に学士入学で東大に入り直しているんですよね。それで博士課程までいった。経歴だけじゃなくて小説も、すごいインテレクチャルです。冒頭に「チェンナイ」と「チェンマイ」を勘違いする話が書いてあって、ああいうところが、すごくインテリっぽい。それと翼をつけて飛ぶ「飛翔通勤」のエピソードとか、マジカルな話が出てくる。そこが多過ぎないところもいい。この人は九八年に、「妊娠線上のマリア」という小説で、文學界新人賞の最終候補に残っているんです。その時はまだ凡庸だったんですが、インドに行って、こういうネタを仕込むことができた。若い頃からずっと小説家になりたくて、今までに百本ぐらい習作を書いたというところも、好感を覚えますね。石井は、これまで書いた百本の中からブラッシュアップしていけば、この先も作家としてやっていける。山田詠美も、「年季入ってんなー、この人」と評していましたが、私もそう思います。若竹は、石原千秋が後に「芥川賞止まりの人」だと書いていたけれど、今後どうなるかわからない。「おらおらで」一作受賞じゃなくて、本当によかった。「百年泥」は、特にラストがいいんですよ。「こんど、いっしょに海へいきませんか」と誘われて、「いやです」と答える。あの終わり方が実にいい。普通の小説だったら、「はい」と答えて終わる。そういうハッピーエンドを拒否しているところがいいんですよ。
小澤 
 最初に読んだ時はマルケスっぽ過ぎるんじゃないかと思ったんですが、再読して印象が変わりました。幼い頃、母親がほとんど喋らなかったこととの反動として、語り手の過剰なまでの饒舌さがあって、洪水が深層心理の掘り起こしトリガーになるという枠組みとか、小谷野さんが言われた翼で飛行する人と、人魚姫のモチーフとの対比とか、かなり理知的に考えられていますよね。ただ、主人公と教え子のデーヴァラージという幼少時代に共通点を持つふたりが出会うとところなど、全体的にうまく作られ過ぎているのは気になりました。インドのルポルタージュ的な描写は面白いんですが、そういう部分とほら話の部分の接合があまりうまくいっていない。いい題材を見つけたと思いますが、でこぼこした感じが残っています。
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この記事の中でご紹介した本
百年泥/新潮社
百年泥
著 者:石井 遊佳
出版社:新潮社
「百年泥」は以下からご購入できます
おらおらでひとりいぐも/河出書房新
おらおらでひとりいぐも
著 者:若竹 千佐子
出版社:河出書房新
「おらおらでひとりいぐも」は以下からご購入できます
ディレイ・エフェクト/文藝春秋
ディレイ・エフェクト
著 者:宮内 悠介
出版社:文藝春秋
「ディレイ・エフェクト」は以下からご購入できます
雪子さんの足音/講談社
雪子さんの足音
著 者:木村 紅美
出版社:講談社
「雪子さんの足音」は以下からご購入できます
愛が挟み撃ち/文藝春秋
愛が挟み撃ち
著 者:前田 司郎
出版社:文藝春秋
「愛が挟み撃ち」は以下からご購入できます
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