芥川賞について話をしよう 第13弾 小谷野敦・小澤英実|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月9日 / 新聞掲載日:2018年3月9日(第3230号)

芥川賞について話をしよう 第13弾
小谷野敦・小澤英実

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第3回
短編ではなく長編で

小澤 英実氏
小澤 
 受賞作二作は、文体も内容もまったく違いますが、よく似ているところも多い。両作とも女が自分の半生を振り返るという話ですが、「おらおらで」は、主人公が自分の内面に降りていって、自分の中にたくさんの自分がいるという設定で、反対に「百年泥」は、自分が外に開かれていって、さまざまな他者の断片が自分をかたちづくっているという考え方です。内向きか外向きかで対照的ですが、表裏一体ともいえる。それから若竹さんの話はルーツとしての山があり、石井さんの話には川があるとか、両作に蛭に噛まれたエピソードが出てくるのまで不思議にシンクロしてます。若竹さんの小説には宮沢賢治の思想が浸透していますが、石井さんの話には、仏教の考えが大元に流れていますよね。二度目に読んで面白いと思ったのは、そこのところです。ただ小ネタについていけないところもありました。大阪万博のコインが盗賊の宝物だったというエピソードとか。
小谷野 
 私には、あの話が面白かった。そもそも嘘話ですからね。
小澤 
 とはいえ虚実はまぜこぜで、まったくの嘘話でもない。
小谷野 
 そこが、この小説のいいところですね。なおかつ、嘘話は分量的に多くない。ちょっと大江健三郎っぽい感じもある。
小澤 
 泥の中から次々にありえないものが出てくるマジックリアリズム的な部分は面白かったんですが、コインの話のような微妙にリアルなところは眉唾ものでのれませんでした。
小谷野 
 いや、もちろん、長い文学史の中で、これが残る作品かと言えば、私も大いに疑問ですよ。そこまでの作品ではない。でも、芥川受賞作としては、よくでてきている。宮内悠介はどうですか。私は、今回の「ディレイ・エフェクト」に関しては、むしろ直木賞だろうなと思った。ラストはぽつんと終わった感じがあるんですが、これぐらいの掌編を五編ほど集めた短編集で、直木賞候補になるのが筋でしょう。宮内は最初、『ヨハネスブルグの天使たち』という、気違い系のSFを書いていて、頭大丈夫なのかなと心配してたんですよ。今回は、大分まともなSFになりましたね。前回候補になった「カブールの園」とか、純文学的なものを書くとつまらない。やっぱり根はSFの人です。
小澤 
 選考委員が揃って指摘していますが、短編で書く話ではない。長編にしたら『あとは野となれ大和撫子』よりも面白い作品になったと思うのに、もったいない。
小谷野 
 それ以前に、細かい描写がほとんど端折られている。一九四四年から四五年の東京の情景が現代に重なって現れて、二重写しになって見えるというならば、たとえば総理官邸や国会や皇居はどうなるのか。官邸は今とは違った場所にあったはずだけれど、当然、そんな歴史的な建物を見物しにいこうという話になる。そこがまったく書かれていない。
小澤 
 島田選考委員も「長編の序章のような印象を与えたのは不利だった」と書いていました。この枚数で書いたせいで、たとえば真木という男との絡みがものすごく不自然なことになっている。でも、過去がレイヤー状に現在に重なって見えるというアイデアは秀逸です。
小谷野 
 だけど、過去が蜃気楼で現れるというのは、星新一の「午後の恐竜」でしょう。
小澤 
 それを音楽用語を使って「ディレイ・エフェクト」と名づけるととたんに新しい感じがしますが、たぶん気のせいですね。でもずっと流行っているループものとも既存のパラレルワールドものとも一線を画しつつ、「終わらない戦後」みたいな視点や、震災以後の日本の状況に対する批評性を兼ね備えている。なおかつ教条的ではなく物語としても面白い。このあたりのセンスはすごく冴えていますよね。
小谷野 
 そこは逆に、取って付けた感じがある。いかにも大向こう受けを狙っている。もっと娯楽に徹したほうがよかった。
小澤 
 宮内さんは、ちょっと細かいところの書きぶりが雑かなあと思うんですよね。たとえば出だしの部分に、「このごろの子供が大人びているのか、それとも女の子というのはそういうものなのか、男親の私は知らない」とあるんですけど、「男親」ということがわからないことの免責になるのか、と読み出してすぐにつっかえてしまいました。語り手の情報をさりげなく開示するための記述だと思いますがそれにしたってどうなのかと。それから過去の銭湯が見える場所に創業昭和七年の菓子店があると突っ込んでいるんですが、移転していたらおかしくはない。勢いで書いているでは? と訝しむところが結構ある。
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この記事の中でご紹介した本
百年泥/新潮社
百年泥
著 者:石井 遊佳
出版社:新潮社
「百年泥」は以下からご購入できます
おらおらでひとりいぐも/河出書房新
おらおらでひとりいぐも
著 者:若竹 千佐子
出版社:河出書房新
「おらおらでひとりいぐも」は以下からご購入できます
ディレイ・エフェクト/文藝春秋
ディレイ・エフェクト
著 者:宮内 悠介
出版社:文藝春秋
「ディレイ・エフェクト」は以下からご購入できます
雪子さんの足音/講談社
雪子さんの足音
著 者:木村 紅美
出版社:講談社
「雪子さんの足音」は以下からご購入できます
愛が挟み撃ち/文藝春秋
愛が挟み撃ち
著 者:前田 司郎
出版社:文藝春秋
「愛が挟み撃ち」は以下からご購入できます
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