芥川賞について話をしよう 第13弾 小谷野敦・小澤英実|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月9日 / 新聞掲載日:2018年3月9日(第3230号)

芥川賞について話をしよう 第13弾
小谷野敦・小澤英実

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第4回
三人で子供を作る?

愛が挟み撃ち(前田 司郎)文藝春秋
愛が挟み撃ち
前田 司郎
文藝春秋
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小谷野 
 前田司郎の「愛が挟み撃ち」はどうですか。吉田修一が選評で、「スリーサムもの」って書いていましたが、こういう言葉はあるんですか。
小澤 
 三人組ということですが、クィア・スリーサムと言ったりして、意味は「三角関係」に近いですね。これは今回一番話し甲斐のある問題作です。
小谷野 
 男の作家は、一度は考えたことがある筋ですよね。だけど馬鹿馬鹿しいから、実際には書かない。前田は、臆面もなく書いてしまった。つまり、自分たち夫婦に子供ができないから、他の男に妻とセックスさせるという話ですよね。今の文学批評の中では、男同士はできていて、ホモソーシャルの話となる。結局は、思った通りの展開にしかならず、最後めちゃくちゃになって終わる。しかも、冒頭が冗長ですね。不妊の原因を調べてみると、男が無精子症だとわかる。文芸誌一頁の一段で収まる話を、だらだら書いていて、すごく下手なんです。
小澤 
 小谷野さんとは違って、私は滑り出しはいいと思いました。俊介が無精子症だと気づくまでの流れは、とても丁寧に書かれていて、夫婦の関係性や距離感がじわじわ浮かんでくる。
小谷野 
 この手の不妊ものだったら、佐川光晴の「ジャムの空壜」の方がよっぽどよかった。
小澤 
 でもやっぱり話自体に無理がありすぎですよね。スラップスティックなドタバタ喜劇だとしても許容しづらい。そもそも無精子症だとわかったら、普通はまずその治療をはじめますよね。たとえ重度であっても治療法はありますから。それを調べすらしないのはおかしいし、次の段階として京子と級友の水口が子供を作るにしても、セックスなしに作る方法はいくらでもあります。法的にはアウトですが、人工授精や体外受精だってできなくはない。ここまでディテールがおかしいと、俊介に、水口と京子が寝て欲しいというマゾヒズム的な無意識の欲望があったと読むしかない。でも、そうだとすると水口と連絡を取るのが十五年ぶりというのもヘンな感じです。無精子症だとわかって水口へのホモセクシュアルな欲望に火が付いたのかもしれませんが、だとしたら書き込み不足です。
小谷野 
 ホモでマゾ、ですか(苦笑)。小澤さんは真面目だから、そこまで裏読みするけど、そんなこところまで考えてやる必要はない。結局は、失敗しちゃった短編に過ぎないということです。
小澤 
 山田詠美選考委員も怒っていましたね。「こんなトリッキーなやり方をしなくても三人で子供作る方法ありますよ。おしえてやろうか?」と。「やろうか?」って、かなり挑発的な言い方です。また「群像」の創作合評では、木村紅美さんが「甚だしく繊細さを欠いた作品」だと怒っていましたね。特にラストの部分に対しては、次のように嫌悪感を露わにしています。「俊介が口にふくんだ水口のあれを京子に注入する……京子は「やめて」と大きな声を出しているので、これは夫婦間であっても性暴力だ」。その通りで、女性が読んで不快なのもおかしくない。でもそもそも前田さんは、戯曲なんかだと、女性を主人公にした話が抜群にうまい。マッチョな男性とは正反対で、女性のメンタリティを持っている人だと思うんですね。ただ今回ホモセクシュアル的な要素が出てきて、なぜこれほど悪ふざけのミソジニーの話になってしまうのか。意図せざることだと思いますが、残念ですね。
雪子さんの足音(木村 紅美)講談社
雪子さんの足音
木村 紅美
講談社
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小谷野 
 木村紅美は、そんなに怒っていましたか。実は今回、木村の「雪子さんの足音」が一番気になったんですよ。あまりに酷い話だったから。とにかく主人公の薫という男が変過ぎですね。この男の不気味さは、ホラーじゃないかと思えるぐらいだった。選評では「無個性」「特性のない男」とか書かれていたけど、ひと言で言えば、ろくでなしでしょ。たとえばライブハウスで知り合った女をお持ち帰りする。女が酔っぱらって、ゲロを吐く。その後でキスするなんて、普通はしませんよ。好きな女にも、どうにかして相手に好きだと言わせようとしている。いい歳した男が、そんなこと考えますかね。小野田という女も、これまた変で、言っていることが支離滅裂なんですよ。結局、大家の雪子さんを浮かび上がらせようとしているんでしょう。でも、薫という男の気持ち悪さだけが前面に出てしまっている。なおかつ二十年後からの回想の形をとっているのに、そこからのツッコミも一切入らないから、今どういう男になっているのかもわからない。あまりに変だから、もしかしたら男女逆にして書いているんじゃないかと考えたんですよ。実際にあったとことを、男女逆にして書いた。実は薫が女で、小野田が男だった。好きな男に、向こうから好きだと言わせようとしている。それならばわかる。実際にあったことを、男女逆にして書くと、処理が難しいんですよ。木村の場合も、そういう感じがしますね。そもそも、なんでこれが候補になったのか。もう十年もやっているから、そろそろ候補にあげておいてやるかみたいな気分が働いたとしか思えませんね。
小澤 
 構造的には「愛の挟み撃ち」にも通じる三角関係の物語ですが、登場人物全員が気持ち悪いですよね。読者が一切共感できない。共感ベースで書かれていないところが私はとてもいいと思いました。
小谷野 
 三角関係というのは?
小澤 
 小野田と雪子と薫の関係です。雪子も、薫を息子というより若い男として意識しているところがありますよね。薫が書いた官能小説の書き損じを下着の下に隠していたり、美術館に一緒に出掛ける時に、ばっちり化粧をして、ハイヒールを履いていったり、女を忘れていない。美術館って足が疲れる場所ですから、ハイヒールで行くというのは相当な気合いですよ。
小谷野 
 薫は小説家志望なんですが、そこでも馬鹿丸出しなんだ。新人賞に応募するのに、「フロッピーディスクに二十パターンほど保存した、寝言めいた冒頭だけでは既定の枚数に足りないため、他のレポートなどの書き損じも混ぜこぜにして紐で綴じ、封筒に入れる」って、頭が完全におかしい。受け取った編集者も困るでしょうねぇ。いくら才能がなくても、一応は完成した原稿を送ります。島田雅彦は「草食系男子」とか言っているけれど、女をお持ち帰りしちゃうののどこが草食系か。ちゃんと読んでるのか。
小澤 
 この小説は雪子さんのキャラが面白い。ディテールの描き方も巧い。雪子さんをもっと掘り下げて、若竹さんとは違う形の女の老いを描いてもよかったと思いますが、そこが焦点ではない。小川洋子選考委員が、比較的好意的な選評を寄せていますが、私は雪子さんに、小川洋子の小説に出てくる老婆に近い印象を受けました。『貴婦人Aの蘇生』のような、妄想と現実の境が見えなくなっている孤独な老婆のキャラクターです。それからもう一点、これは先ほどの木村さんによる前田作品への批判とも通じますが、木村さんは真面目すぎるところがあるのか、この作品もしごく真面目に書かれていて、そこがこの小説の欠点になっている気がします。
小谷野 
 真面目に書くのは大いに結構だけど、木村本人は、この三人の気持ち悪さを自覚していないんじゃないか。そこが問題だと思いますね。それよりも、真面目に書くのであれば、私小説を書いて欲しい。
小澤 
 いやあ、小野田が夕食に苺の匂いの香水をつけてくるところとか、カレーの匂いに混ざって最悪でしょう。このディテールからも、気持ち悪さは意図的だと思いますよ。
小谷野 
 私には、そうは見えないんだ。
小澤 
 たしかに、どちらかわかりかねる中途半端さがネックかもしれませんね。全体が過去の回想で、薫が過去を浄化するようないい話にもみえるんですが、実際には薫の気持ち悪さは現在も変わっていない。これはいわゆる信頼できない語り手もので、たとえばその代表であるカズオ・イシグロの『日の名残り』にも構造的に似ていますが、『日の名残り』と違って、この三人と結末を読者がどう受け止めていいのかよくわからない。共感させるのか気持ち悪さをみせるのか、両立できていたらすごい作品になったと思いますが、それは難しいのでもう少しどちらかに寄せたほうがよかった。
小谷野 
 それは無理だと思う。構想から破綻していますから。困るよなぁ、こんな小説を書かれても……。

前回は、沼田真佑の「影裏」が受賞して、この対談で「名工の作った茶器を愛でるようなものだ」と言ったけれど、骨董趣味を楽しむような感じのものとして、文学は生き延びていくしかない。全体として文学は終わりに向っているのが、文芸誌を読んでいるとよくわかる。つまり、文芸誌に載ったって、単行本にならなくなってきている。西村賢太や柳美里クラスじゃないと、単行本として出してもらえない。文芸誌に載っただけの短編がどっさり溜まっていくだけで、それでは誰も読みませんよ。
小澤 
 すぐに単行本化されても初版の部数が少ないですしね。でもじり貧にせよまだ伸びしろはあると思いますよ。今回受賞した二作のうち、若竹さんは東北弁を使って、石井さんはインドで学ばれる日本語を使って、日本語の拡張性や多言語性を描いてみせた。若竹さんがこれ以上の作品を書けるかどうかはまだ懐疑的ですが、いつもあげそびれて授賞が遅れる芥川賞が、今回はいい作品で当選作を出せた。そこはよかったと思います。

(おわり)

【関連記事】
■芥川賞について話をしよう第12弾
■芥川賞について話をしよう第11弾
■芥川賞について話をしよう第10弾
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この記事の中でご紹介した本
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著 者:石井 遊佳
出版社:新潮社
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ディレイ・エフェクト/文藝春秋
ディレイ・エフェクト
著 者:宮内 悠介
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「ディレイ・エフェクト」は以下からご購入できます
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雪子さんの足音
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出版社:講談社
「雪子さんの足音」は以下からご購入できます
愛が挟み撃ち/文藝春秋
愛が挟み撃ち
著 者:前田 司郎
出版社:文藝春秋
「愛が挟み撃ち」は以下からご購入できます
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