近衛秀麿 亡命オーケストラの真実 書評|菅野 冬樹(東京堂出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月10日 / 新聞掲載日:2018年3月9日(第3230号)

徹底的な調査による問題提起 
著者の努力と執念には驚くべきものが

近衛秀麿 亡命オーケストラの真実
著 者:菅野 冬樹
出版社:東京堂出版
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近衛秀麿は藤原鎌足を祖先とする近衛家に元首相近衛文麿の異母弟として一八九八(明治三一)年に生まれ、一九七三(昭和四八)年に七四歳で病没した。本書は主として秀麿のドイツ滞在時に焦点を当てて、膨大な史実を明らかにしているが、現地での調査に注いだ著者の努力と執念には驚くべきものがある。例えば秀麿が一九四三年九月に「未完成交響楽」を指揮したワルシャワでの演奏会について著者は当時の関係者や遺族への聞き取りを重ねているし、秀麿がユダヤ人の逃亡を助けたと思われるピレネー山麓やスイスの越境ルートにも足を運んで貴重な発見をしている。

すぐれた指揮者としての秀麿の活躍については本書の詳細な記述と巻末の新聞記事に譲る他ないが、当時ドイツ占領下にあったワルシャワの市民劇場でワルシャワ市立オーケストラの秀麿による指揮が実現するまでには、ナチスドイツの宣伝相ゲッべルスや秀麿を敵視していた駐独日本大使大島浩の妨害工作をナチスドイツのポーランド総督で秀麿に心酔していたハンス・フランクが排除したというような事情が働いていた。大島は「近衛秀麿が同行させている澤蘭子という女は、秀麿の正妻ではなく愛人である。そんなふしだらな者に指揮をさせてはならない」という書簡をポーランド総督府宛てに送付したという(本書一一六頁)。また著者は、映画「戦場のピアニスト」の主人公ウワディスワフ・シュピルマンの長男で日本の大学で教鞭をとっているクリストファー・シュピルマンに秀麿の三男水谷川忠俊からの紹介で会う機会があり、同氏から父君やワルシャワ・ピアノ五重奏団のリーダー、ブロニスワフ・ギンベルと第二バイオリンのタデウシュ・ヴロンスキが秀麿を尊敬していたという証言を得ている(一二四頁)。

本書の副題にある「亡命オーケストラ」とは、一九四四年四月からノルマンディーに連合軍が上陸する六月までの短い期間、秀麿が指揮し、演奏後にユダヤ人演奏家たちを亡命させた私設交響楽団「コンセール・コノエ」のことであり、著者は徹底的な調査を行なっている。

秀麿はまた、兄文麿からのメッセージを受けて、太平洋戦争の早期終結のために努力している。文麿は、当時の国務長官で十年間駐日大使をつとめたジョセフ・グルーと連絡を取ろうとしてスイス在住の朝日新聞記者笠信太郎にメッセージを送り、笠はベルリンの新聞特派員グループの一人で、戦前には馬込健之助の筆名で岩波文庫にクラウゼヴィッツの戦争論の邦訳を発表していた「満州日日新聞」のだん徳三郎にこのメッセージを伝え、淡は秀麿とベルリンで会い、秀麿にこれを伝えた。兄の意向をしたためた親書は淡から笠に、笠から米国側に届けられた(二八六~七頁)。秀麿はこの使命をはたすため、一九四三年八月からアメリカ軍に投降する一九四五年四月まで住んでいたベルリン北東八○キロのオーダーベルクを愛車フィアットで出発し、ライプチヒの近くに迫った米軍に故意に投降したという。米国国務省と現地司令部との連絡は成立しておらず、秀麿はルターの生誕地アイスレーベンにある米軍の収容所に送られたが、ここで生死の境をさまよった秀麿は亡父の霞山公篤麿の亡霊が空一杯に現れたのを見たという(二九三頁)。ようやく米国国務省に秀麿の居場所が伝えられたのは五月下旬で、報告をうけたグルーは秀麿を日本人捕虜が収容されているオーストリアのバート・ガスタインに移送するように配慮したが日本人捕虜たちの反対で成功しなかったという(三〇一頁以下)。時間は空しく経過して、広島、長崎に原子爆弾が投下される。このような秀麿を通じての兄文麿の和平工作について著者は米国国立文書館の史料の写真を本書に収録している。本書の問題提起を受けた研究の進行に期待したい。

最後に特筆したいのは、秀麿のドイツでの指揮者としての演奏活動を詳しく伝えている当時のドイツの大量の新聞記事が、独文学者の津川良太北海道大学名誉教授によって邦訳されて本書の巻末に収録され、秀麿のドイツでの指揮者としての演奏活動を詳しく伝えていることである。特にドイツ人の聴衆に感銘を与えたのはモーツァルトの「魔笛」やベートーヴェンの「フィデリオ」「エロイカ」並びに第二交響楽等を見事に指揮した事実であったようである。

帰国した秀麿は母貞子が昭和二○年八月一五日正午に他界したことを知り、文麿とは自殺の数日前に再会した。澤蘭子(本名松本静子)の間に生まれた女児曄子は当時のソ満国境の町満州里で同年九月二八日に五年の生涯を閉じたが、蘭子は戦後、曄子の養育費の未払いと自分との婚約の不履行を理由に秀麿を訴えた(三二九頁)。本書に読売新聞ベルリン特派員としてしばしば登場する嬉野益男は嬉野満洲男のことと思われる。
この記事の中でご紹介した本
近衛秀麿  亡命オーケストラの真実/東京堂出版
近衛秀麿 亡命オーケストラの真実
著 者:菅野 冬樹
出版社:東京堂出版
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