対談=横尾忠則×平野啓一郎 寒山拾得のように デ・キリコのように 『創造&老年』(SBクリエイティブ)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月16日 / 新聞掲載日:2018年3月16日(第3231号)

対談=横尾忠則×平野啓一郎
寒山拾得のように デ・キリコのように
『創造&老年』(SBクリエイティブ)刊行を機に

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『創造&老年 横尾忠則と9人の生涯現役クリエーターによる対談集』では、美術家・横尾忠則氏(八一歳)が、九人の現役クリエイター――小説家・瀬戸内寂聴(九五歳)、建築家・磯崎新(八六歳)、画家・野見山暁治(九七歳)、写真家・細江英公(八四歳)、俳人・金子兜太(九八歳)、美術家・李禹煥(八一歳)、小説家・佐藤愛子(九四歳)、映画監督・山田洋次(八六歳)、作曲家・ピアニスト・一柳慧(八四歳)と語り合う。一見対極にありそうな「老年」と「創造」が融合するとき、放出される美しいエネルギーが本書。本紙では、作家の平野啓一郎氏(四二歳)と横尾氏にスピンオフ対談をしていただいた。 (編集部)
第1回
§アニミズムとアホの修行§

横尾 忠則氏
横尾 
 平野さんと知り合ってもう一〇年以上経ちますけど、会う前から、瀬戸内寂聴さんから平野さんのことを聞かされていたんです。若くて優秀な小説家がいるのよ、そのうち紹介するわよって。でもなかなか会う機会がなくて、気になるからね、平野さんの小説をちらほら読んだりして。「Prints」という美術雑誌から対談を頼まれたときに、平野さんを指名したら受けてくれて。そこで初めて顔を合わせたのよね。
平野 
 そうでしたね。僕はもちろん横尾さんを存じ上げていて、憧れの人の一人でしたけど。
横尾 
 またぁ(笑)。
平野 
 僕も瀬戸内さんからよく話を伺っていて、瀬戸内さんは「横尾忠則」とも仲がいいんだ、すごいなぁと思っていました。初めてお会いしたのは二〇〇五年だったかな。

『創造&老年』の中で、横尾さんは七〇歳になったときに「老い」をはじめて意識した、と繰り返し話されています。それまで肉体年齢と芸術年齢が乖離していたのが、そこで一緒になってしまったと。そして「隠居宣言」を出した。

それが、僕が横尾さんとお会いするようになった時期なんです。覚えているのは、帯状疱疹にかかって、鷲か鷹か、猛禽類の鋼鉄のような爪で、肩をグッとつかまれている感じがする、と話していらしたこと。
横尾 
 平野さんは、ぼくが老人を意識し始めてからの知り合いなんだ。
平野 
 そうなんです。ただ僕は、横尾さんを「老人」と思ったことはなかったのですが。今回の本も、対談相手はみな横尾さんより年上で、八〇歳、九〇歳を超えているのに、エネルギーに満ちた方ばかりで。老いについて語っているのに、老人同士の対談という感じがしませんでした。
横尾 
 そうなの? ぼくは老人になったつもりで、対談しているんだけどね(笑)。
平野 
 ただ、金子兜太さんが、先日九八歳で亡くなられて。
横尾 
 残念ですよね。この本は、三年かけて九人の方にお話を聞いているのだけど、二〇一六年五月には、対談を前に蜷川幸雄さんが亡くなってしまった。金子さんには二〇一六年一〇月にお会いしたけれど、ぼくも含めた十人の中で、一番健康なぐらいでしたね。話の内容も、身体性も。
平野 
 ここで話されている、金子さんの戦時体験はすごいですね。トラック島という激戦地に兵隊として行かれた。島にはカナカ族という現地民がいて、日本軍の部隊長の多くは、カナカ族の女性と夫婦関係を持ったり、威張って酋長に食い物を持ってこいと命じていた。そういう軍人の多くは、日本軍が負けたときに、椰子の木に吊るされて、ぶっ叩かれて殺されたと。
横尾 
 そう。金子さんはカナカ族の女性に手を出さなかったし、威張り散らしたりしなかったから、それが生き延びられた一番の理由ではないかって。

金子さんの強みは、このトラック島の戦争体験だと思います。それが金子さんの原郷だと感じましたね。ああいうものを持っている人は強いんですよ。生きていく力、生命力というのかな。金子さんはそれを、アニミズムと呼んでいたけれど。
平野 
 金子さんのアニミズムは、ちょっと独特な解釈ですよね。倫理や道徳観にしばられない、命そのもの、ありのままに生きる自然を言っているのかな。
横尾 
 そうね、一般的なアニミズムとは違う。一般的なアニミズムは、自然界に宿る精霊みたいな。
平野 
 八百万の神みたいな。
横尾 
 あるいはそれを感知する感覚を言いますよね。ぼくも母親に、子どもの頃に外でおしっこしようとすると、黙ってしちゃだめよ、虫とかいろいろな生き物に、「何もかも御免やす」と、謝ってからしなさいとか。本とか新聞が床に置いてあったら、またいだり踏んだらあかんでとか。宗教ではないけれど、そういう教えを受けたみたい。
平野 
 日本人の物の考え方の中には、仏教と神道とアニミズムが混ざり合っていると言われますね。
横尾 
 現代の日本人、一人一人に問い質してみると、宗教はあまり生きていないのではないかと思うけれどね。

ぼくの母親の母親は、神道の神主だったんです。黒住教といって、江戸時代に黒住宗忠が開いた神道です。黒住教には経典はなくて、ただ祝詞をあげて日拝するだけ。朝早く起きて太陽を拝むということしか、行がないんですよ。

あと、あるとすれば「アホになる」こと。前の教主さんに聞いたのですが、教祖の黒住宗忠は、有名な人相見に「人相学では、あなたのような顔はアホの相といいます」と言われたんだって(笑)。そして宗忠教祖は、「私は長年アホになる修行をしてきた。修行の成果が自分の顔の表層に表れたのはうれしい」と。
平野 
 ついに、アホの相が表れた!と(笑)。
横尾 
 なんとうれしいことだ!って(笑)。

でも、アホになるって平野さん、どういうことだと思う?
平野 
 ん~……。
横尾 
 チベットの密教の寺には、いわゆる頭の弱い知恵遅れの人が、僧侶として雇われていると聞いたことがあるのね。そういう人たちは、悟りを開いたのと似た様子をしているのではないかな。それで、ああいう顔にならないと、修行をしたことにならないよと。寺で修業する人たちの目安になっているんじゃないかと。
平野 
 昔は精神科などないし、精神的な病の人や知的障害を持つ人なども、寺社に救いを求めて集まってきたと思うんですね。そういう人々を取り込みながら、宗教は発展してきたのかもしれませんね。
横尾 
 そうかもしれないね。

ぼくはアホの相というと、「寒山拾得」を思い出すのね。時々、森鴎外の「寒山拾得」を読み返すのだけど、今でいう県知事みたいな人が、豊干という乞食坊主に会ってなんだか魅力を感じてしまって、豊干が「天台国清寺の拾得じっとくは実は普賢です、寒山かんざんは文殊です」と言うのを聞いて、家来をたくさん連れてわざわざ二人に会いに行く。でもうやうやしく挨拶したところ、寒山と拾得はケタケタ笑って逃げて行っちゃう。

アホというのは、通念とか社会的な地位や名誉とか、そういう価値観から逸脱した人間なのではないかと思う。しかしこれはなかなか難しい修行ですよ。
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この記事の中でご紹介した本
創造&老年/SBクリエイティブ
創造&老年
著 者:横尾 忠則
出版社:SBクリエイティブ
以下のオンライン書店でご購入できます
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