対談=横尾忠則×平野啓一郎 寒山拾得のように デ・キリコのように 『創造&老年』(SBクリエイティブ)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年3月16日 / 新聞掲載日:2018年3月16日(第3231号)

対談=横尾忠則×平野啓一郎
寒山拾得のように デ・キリコのように
『創造&老年』(SBクリエイティブ)刊行を機に

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第2回
§パンドラの箱―幼少期の原体験§

平野 啓一郎氏
平野 
 この本の中で横尾さんは、美術家の李禹煥さんや現代音楽家の一柳慧さんと、幼年期の原体験が芸術にとってとても重要だという話をしていますね。二十歳以降になって手に入れたものは、勉強して獲得した知識や情報で、創造には役に立たなかったと。

社会に適応するための知識や体験を身につければ、日常生活はスムーズになりますが、一方ではより狭いシステムに自分を順応させることにもなります。社会に適応できない人、例えばアホと呼ばれる人にこそ、人間本来の全体性があるのではないか。読みながら、そんなことを感じました。
横尾 
 ぼくにとって絵を描く上で役立っているのは、十代の人格が形成される時期の、記憶や感覚や経験。それが「パンドラの箱」となって、創造のためのインスピレーションを与えてくれています。大人になってからの知識や情報は創造に影響しない。でも学校教育も社会も、それとは正反対の人間ばかり育成しようとするでしょう。経済レベルでしか考えていない社会だから、「不平等だ」と不満が募って、社会運動も起こってくると思うのね。社会を批判しながら生きていかなければならないのは、苦しいよね。「不平等」とか「格差」とか言うけれど、ぼくはもっと長いスパンで、輪廻転生とか、そこまで広げて見たときには、みな平等なのではないかと思っています。そんなこと言っても、おかしな人に思われちゃうけど。
平野 
 その点アートは、美しかったり、おかしかったり、社会の枠の中だけに収まりませんね。
横尾 
 平野さんのいうアートは、文学も音楽も、演劇や映画もひっくるめた世界を言っているのか、ぼくがやっている美術のことを言っているのか? 文学の世界と美術の世界には、かなり違うところがあると思うのね。
平野 
 違いますよね。
横尾 
 最近では、美術家を名乗る人の中にも、まるで文学者のようなものの考え方で、アートしている人も多いけど。
平野 
 コンセプトが過剰な作品や、政治的な作品が増えていますね。
横尾 
 ぼくは理屈にかなった芸術なんて必要ないと思っているから、ぼくの絵は「おかしさ」を表現しているんです。ぼくは、絵を専門的に学校で習っていないし、社会に順応するための学校教育というような体験もなかった。それで、汚染されないで済んだのかな、と思ってますけどね。

一方の平野さんは十代の頃、嘘ばかり書いていたわけでしょう(笑)。物語を勝手につくって、エッセイにまで嘘を書いたりして。そういう下地があって、いま作家として仕事しているわけですよね。十代のその時期は、とても大事だと思うんです。
平野 
 そうですね。

横尾さんにとっては、西脇という土地、それとも家族、あるいは友人? 何が幼年期の経験として一番大きかったと思いますか。 
横尾 
 家族環境は、逸脱していましたね。ぼくは養子として横尾家に入っているから。子どもの頃、そのことは聞かされていなかったけれど、親が小学校の参観日に来てくれると、友だちのところは二〇~三〇代なのに、うちは六〇歳近いでしょう、何だか不思議でしたよね。だからなのか、両親は本当の親ではない、という感覚がずっとあったのね。それは養子だから実の親ではない、というのとは違うのよ。もっと別の世界に親がいるというような、他界的ファンタジーな虚構体験です。その体験は、今の仕事にずいぶん影響していると思う。
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この記事の中でご紹介した本
創造&老年/SBクリエイティブ
創造&老年
著 者:横尾 忠則
出版社:SBクリエイティブ
「創造&老年」は以下からご購入できます
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