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手塚治虫―深夜の独り言
2018年3月20日

手塚治虫―深夜の独り言(3)石森章太郎氏への嫉妬

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先生がまんがを執筆している間、私ともう一人の待機中の編集者が虫プロ商事発行の『COM』の廻し読みをしていた。その中で石森章太郎(当時のペンネームです)の連載まんが「ジュン」は異彩を放っていた。全編セリフはほとんどなし、絵とコマ割だけのサイレントの世界の、抒情的な作品だった。そのヒトコマに朝日を浴びた水滴が葉の表をコロコロと転がって地面に落ちるシーンがあった。待機中の編集者は、このヒトコマを気に入って、「いいねえ、モーツァルトの音楽のようだ」とほめちぎった。と、それ迄静かにペンを走らせていた先生が烈火の如く怒って、
「何がモーツァルトの音楽みたいだ セリフのないまんがなんか、まんがではない あんなのまんがじゃない」
と言ったかと思うと、卓上の黒電話をひっつかんで『COM』編集部へ電話して編集長を呼び出し、「ジュン」の連載を即刻中止せよと命令した。私たち二人はあっけに取られ、まずい事になったなと顔を見合わせたものである。

先生は自分以外の作品をほめられると異常に気に障るらしく、自分よりも人気のある作品には、ヒステリックに攻撃する。しかし、誰もいなくなるとこっそりその作品を読み、何が読者に受けているのかを分析して、自分の作品に生かしていた。また、自分以外のまんが家が注目されるとその人に負けまいという意欲をかきたて、常にまんが界の第一人者として君臨していたいという起爆剤にしていたのだ。

「ジュン」の掲載中止事件には後日談がある。先生は石ノ森さんにすまないと思い、ある秋の夜、石ノ森宅をひとりで訪ね、自分のヒステリックな言動を、両膝をつきあの長身の身体を深々と二つ折りにしてお詫びしたとの事だった。石ノ森さんの驚いたの驚かないの、想像を絶する事だったであろう。「ジュン」の連載は続行され、一九六七年に小学館漫画賞を受賞している。

そして、手塚治虫の死後、追悼の思いを込めて、まんが家たちが作品を寄せた。そのとき当然、石ノ森さんも作品を描いた。サイレントで。
2018年3月16日 新聞掲載(第3231号)
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