命の価値  規制国家に人間味を 書評|キャス・サンスティーン(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月17日 / 新聞掲載日:2018年3月16日(第3231号)

計量困難な価値の尊重など重要なヒントを提示 
定量化それ自体が目的ではなく手段として

命の価値  規制国家に人間味を
著 者:キャス・サンスティーン
出版社:勁草書房
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「効果的な政策」「合理的な規制」のあり方が模索されている。最近も、にわかに「Evidence Based Policy(科学的根拠に基づく政策)」等のアプローチが脚光を浴びている。そうはいっても最近の裁量労働制をめぐってデータの混乱によって二転三転した政治の動向を見てもわかるように、我々の社会の実情はいささか心許ないものがある。どうすれば本書が掲げる「議論による統治」、言い換えれば理性による政治の端緒を開くことができるのだろうか。

本書の著者キャス・サンスティーン。名実ともにアメリカを代表する法学者である。質量ともに卓越した仕事を生み出している。また研究者であるのみならず、オバマ政権においてOIRA(ホワイトハウス情報規制問題局)の局長を務め、連邦政府の規制の評価、革新に取り組むなど政策実務の経験も有している。

近年サンスティーンが注目するのが、行動経済学や政策技術としての「nudge(ひじで軽く突くこと。緩やかな介入のことを意味する)」から派生する諸問題である。行動経済学といえば、経済学者のリチャード・セイラーが二〇一七年に、心理学者のダニエル・カーネマンも二〇〇二年にノーベル経済学賞を受賞したことが記憶に新しい。

伝統的な経済学が合理的な経済人を前提としたのに対して、行動経済学は人間が選択を行う際に体系的に生じる偏り・・・・・・・・・の傾向や特徴を、最近の社会科学における実験などの新しい手法なども活用しながら、やはり体系的に説明しようとするのが特徴だという(リチャード・セイラー『セイラー教授の行動経済学入門』〇七年、ダイヤモンド社)。

それに対して、「nudge」は行動経済学的知見を踏まえつつ、選択に際して「適切な選択」を推奨するさまざまな仕掛けのことであり、近年本書の舞台となるアメリカをはじめ、世界各国政府が導入を試みており、そのような政府機関は「nudge unit」と呼ばれている。本書でも紙幅が割かれる費用便益分析などを用いて、規制(政策)のコストと成果の関係を定量的に評価し、場合によっては制度設計に介入する。日本でも環境省が日本版ナッジユニットの実証実験に着手した(「平成二九年度低炭素型の行動変容を促す情報発信(ナッジ)による家庭等の自発的対策推進事業」)。当該事業は環境省の実証実験の域を出ないので省庁横断的な総合政策的性質は乏しいが、本書でかなり詳細に紹介されるサンスティーンのOIRAでの経験と役割、組織の位置付け、ガバナンスなどは日本でも将来構想を検討する際に参考になることだろう。

ところで大半の規制(政策)は予算と密接な関係を持っている。あくまで一般論だが、ドイツなどを除くと、少なくない先進国の場合、財政の逼迫と裁量の乏しさという共通課題を抱えている。このとき費用便益分析的アプローチは「効果的な規制」を実現するツールではなく、単に予算削減を志向し、多様性を減じるための非人間的道具に成り下がってしまいかねない。政策や規制の設計は政府の大きな役割だが、予算削減やサンスティーンがいうところの「定性的な差」を無視することがその存在理由ではないのだ。

サンスティーンの関心は、謝辞でハーバード大学の同僚で、「潜在能力」の議論を提唱したことでも知られる経済学者アマルティア・センに向けられていることからもわかるように、そして本書の副題にも反映されるように、「規制を作る国家をいかにして人間的なものにするか」という側面に向けられていく。サンスティーンは費用便益分析アプローチを擁護しつつ、定量化それ自体が目的ではなく議論を促進する手段であることや計量困難な価値の尊重(たとえば「命の価値」!)、行動経済学的配慮、ハイエクに影響を受けたとサンスティーンが語る遍在する情報、知識の積極的な活用等幾つかの重要なヒントを提示する。

課題も残る。訳者の山形浩生氏がいつもの優れた、そして軽妙な解説で指摘するように、サンスティーンが本書で描いたアメリカにおける理性の政治の実践は、トランプ政権の誕生で見るも無残な姿になってしまった。日本の規制とデータの関係も例外ではない。「合理的な規制」や政策プロセスの導入それ自体も政治性を帯びるということだ。これらの課題にどのようにサンスティーンは向き合っていくのだろうか。気になるところだが、しかし我々の社会と政策、規制のあり方はそれより遥か手前にいる。まずは本書を一読したい。(山形浩生訳)
この記事の中でご紹介した本
命の価値  規制国家に人間味を/勁草書房
命の価値  規制国家に人間味を
著 者:キャス・サンスティーン
出版社:勁草書房
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