林京子の文学  戦争と核の時代を生きる 書評|熊 芳(インパクト出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月17日 / 新聞掲載日:2018年3月16日(第3231号)

林京子の文学  戦争と核の時代を生きる 書評
信頼に値する貴重な道しるべ 
世界観の革新を的確に浮かび上がらせる

林京子の文学  戦争と核の時代を生きる
著 者:熊 芳
出版社:インパクト出版会
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林京子が亡くなってから、この二月で丸一年が過ぎた。一九七五年に「祭りの場」が『群像』新人賞、芥川賞を受賞して以来、現代の代表的「原爆文学」作家として注目を集め続けてきた彼女だが、近年はそればかりではなく、長崎での被爆体験をやや後景において展開された多様な内容と方法を含む作品群にも、新たな角度から光が当てられるようになっている。日本国内ばかりでなく、世界的にも林京子の文学世界に対する評価は高まっており、各国語への翻訳出版や文学雑誌などへの紹介も盛んである。彼女の作品を研究対象として選ぶ若手研究者や批評家も、国・地域を超えて少なからず現れてきた。本書はそのような趨勢の中、林と縁の深い中国出身の気鋭の研究者の手によって書きあげられた、本格的な作家論である。

本書の構成は、序に続けて第一章「上海(戦争)体験」、第二章「「八月九日」の語り部」、第三章「戦後を生きる被爆者」、第四章「核の恐怖と人間の存在」、そして終章となっており、それ自体、林京子文学を総体としてとらえようという近年の研究動向を踏まえた意欲的なものである。林の生前に著された先行研究が必ずしも十全にその内的な関連を扱いえなかった、多様な傾向や方法を含むこれらの作品群について、彼女の人生が完結した現在の時点であることを踏まえて、統一的な関連を読み取ろうという姿勢で一貫しているところが、本書の大きな特色といえる。

個別の作品について論じられているどの章も、まず対象に真摯に相対して丁寧な読み取りが行われており、それらを一読するだけでも林京子文学のイメージが鮮明につかめる。研究においては基本的で単純なことのようだが、実際には多くの作品について、ひとつひとつ納得のいくような読みを示すということ自体、力量と情熱がなければ達成は難しい。これまでに林京子作品を多く読んできた読者にとっても、またこれから彼女の文学世界に深く触れていこうという読者にとっても、まずは信頼に値する貴重な道しるべとなるだろう。

しかし本書の本領は、そうした「まとめとガイド」といった性格にとどまるものではない。林京子の作品世界では、長崎で被爆した「八月九日」を焦点として、上海での子ども時代から、東海村「臨界」事故、「3・11」東日本大震災による原発災害にいたるまでの東アジアの歴史、戦争と核開発の歴史が、登場人物の個人史を通じて描き出され、そこから「被害者」であると同時に「加害者」でもある現代人の矛盾が浮かび上がってくると、著者は喝破している。丁寧な読み取りを前提としたところから、各作品、各分野を貫く林京子の世界観の核心ともいうべきものを、的確に浮かび上がらせた著者の手腕が十分に感じ取れる論述である。

林文学を裏から支えていると思われる、登場人物たちのセクシャリティーの表出や、臭気や感触などに対する独特の感覚的表現がもたらす意味など、今後さらに考察が深められるべき余地はあろう。また「再びルイへ。」が、なぜか本文中では「再びルイへ」と、句点なしで表記されていることや、注などに誤植が散見されるのは、丁寧な労作の瑕瑾として残念ではあるが、この特異で複雑な作家の仕事に正面から取り組んだ成果として、多くの人々に読んでほしい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
林京子の文学  戦争と核の時代を生きる/インパクト出版会
林京子の文学  戦争と核の時代を生きる
著 者:熊 芳
出版社:インパクト出版会
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