織られた町の罠 書評|エンミ・イタランタ(西村書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月17日 / 新聞掲載日:2018年3月16日(第3231号)

織られた町の罠 書評
〈根源的ディストピア〉 フィンランドから生まれた新しい潮流

織られた町の罠
著 者:エンミ・イタランタ
翻訳者:末延 弘子
出版社:西村書店
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エンミ・イタランタは、文学/SF/ファンタジーの領域を横断する野心的な作品を発表する新進気鋭の作家だ。一九七六年にフィンランドで生まれた彼女は、フィンランドのタンペレ大学を卒業後、イギリスのケント大学の創作科へ進む。フィンランド語と英語の両方で書き進めた小説『水の継承者ノリア』を二〇一二年に上梓。最初こそフィンランド語だが、その後は日本語を含む複数の言語で翻訳・出版。二〇一六年に『水の継承者ノリア』が日本で翻訳出版された折に、日本に来訪している。本書『織られた町の罠』は二作目の長編小説となる。

舞台は島。空中ゴンドラで大陸と繋がっているが、頻繁に往来があるわけではない。周囲から隔離された島を、中央に屹立する塔から「理事会」が支配する。島には「織り手」「書記官」「彫り師」といった専門職がギルドを形成している。

語り手エリアナは織り手であり、「織の家」で生活をしている。そこに傷を負った女性がたどり着いた夜から、物語は始まる。彼女の名前はヴァレリア。すぐに身元は分からなかった。襲撃者によって彼女の舌は傷つけられ、言葉が奪われていたから。エリアナが一度も会ったことがないはずのヴァレリアの手には、エリアナの名前が彫られていた。いったい彼女は何者なのか? 島ではかつて根絶した伝染病「夢死病」が再流行、「夢みる者」と診断されれば隔離され「汚れた者」のもとへと送られる。島は断続的に洪水に襲われ、大きな損害を受ける。島の生活=世界が根底から揺らぐなか、エリアナはヴァレリアと一緒に、ヴァレリアの、そして世界の秘密に迫る。

この物語はディストピアと形容される。顔の見えない理事会が、厳しい身分制の社会で、原因不明の病に罹ったものを抑圧していく。こう切り取ればディストピアである。ただし、ジョージ・オーウェル『一九八四年』のように独裁者のイメージが前面に押し出され、相互監視の網の目が張られた〈古典的ディストピア〉ではない。また近年SFや、SFに隣接する文学作品に見られる、独裁者の不在をテクノロジーが補完し、国家の枠を超えて人々を管理する〈情報社会ディストピア〉でもない。テクノロジーは現代よりも明らかに衰退している。ギルドのような専門職集団に知識は分散し、伝承されているのがせいぜいで、文字を読み書きすることも特権だ。登場するアイテムはローテクである。照明として使われる藻灯。治療に使うクラゲ。年齢や身分の記録・管理に使われる入墨。いずれも科学技術というまでには洗練されていない。

確かにディストピアであるが、今までのディストピアとは様相が違う。物語が世界の成り立ちと深いところで結びついていることが、このディストピアに独自の色付けをしている。

世界の成り立ち。この世界がどうして今ある形なのか、全てに理由はあり、全てに歴史はある。しかしそれをありのままに認識することはできない。歴史はそれが歴史として蓄積された瞬間に必ず歪んで/歪められてしまう。この歪みも合わせて世界の歴史を認識しようとする野心が作品にある。「織り手」「書記官」「彫り師」「夢みる者」「汚れた者」といった分類・階級はどのようにして生まれたのか、やがてエリアナは知ることになる。世界が成立する過程で生じる闇を描く本作を〈根源的ディストピア〉と呼んでも良いかもしれない。

フィンランドから新しい潮流が生まれたのだと可能性を感じさせる一作である。(末延弘子訳)
この記事の中でご紹介した本
織られた町の罠/西村書店
織られた町の罠
著 者:エンミ・イタランタ
翻訳者:末延 弘子
出版社:西村書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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