東京會舘とわたし 上・旧館 書評|辻村 深月(毎日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

東京會舘とわたし 上・旧館 書評
建物の歴史をたどりながら 繰り返される人々の営みと受け継がれるべき想い

東京會舘とわたし 上・旧館
出版社:毎日新聞出版
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東京丸の内の、皇居の近くに、東京會舘という建物が存在している。主な役割は宴会場で、レストランやバーもある。芥川賞と直木賞の受賞記者会見と、授賞式が行われるので、ご存じの人も多いだろう。その直木賞受賞者である辻村深月が、東京會舘を題材にした物語を上梓した。大正十一年の創業から、二度目の建て替えを控えた平成二十七年までの東京會舘の歴史をたどりながら、そこにかかわった人々を点描したストーリーは、とてつもない読みごたえを与えてくれるのだ。

民衆のための社交の場として造られた東京會舘(昭和二十七年の途中までは東京會館が名称だったが、煩雑なのでこちらに統一する)は、落成一年足らずで関東大震災に見舞われ、戦前は大政翼賛会に、戦後は連合国軍に接収されている。昭和四十五年に建て替えのため一時休業し、平成二十七年、二度目の建て替えのため一時休業に入った。

こうした東京會舘の歴史を、作者は時代々々のエピソードを通じて浮き彫りにしていく。第一章「クライスラーの演奏会」は、一度は東京で作家を志したものの、故郷でくすぶっている寺井承平という若者が主人公。ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーが、大正十二年五月四日に帝劇で行う演奏会を聴くため上京した寺井は、曲折を経て、創業されたばかりの東京會舘の地下道で、クライスラーと刹那の邂逅を果たす。そのことにより彼は、自分の求める芸術を掴み、進むべき道を決めるのだった。

続く第二章「最後のお客様」は、大政翼賛会に東京會舘が接収される前日の昭和十五年十一月三十日を舞台に、ベテラン従業員の佐山健の心情と、プロフェッショナルの誇りが描かれる。

といったように本書では、東京會舘を訪れた人々と、そこで働く人々が、ほぼ等分で取り上げられている。訪れた人々のパートでは、建て替えられた東京會舘に、亡き夫との思い出を見つける未亡人の話と、3・11の東日本大地震で東京會舘に避難した女性たちの物語が味わい深い。

一方、働く人々のパートでは、見習いバーテンダーや、営業事務所に配属された若者の成長と、製菓部門の長の新たな挑戦が楽しめた。どこを読んでも面白い作品なのだ。

さらに全十章の構成を通じて、人々の繋がりが活写されているところも、見逃せないポイントである。たとえば第二章でベテランぶりを見せる佐山だが、第一章では新人のボーイとして、初々しい姿を見せているのだ。そして第五章では、渡邉という若いボーイが登場する。旧館時代の東京會舘を懐かしむ未亡人に対して、温かな対応をする渡邉は、佐山の精神を受け継いでいるといっていい。

こうした繰り返される人々の営みと、受け継がれるべき想いが、巧みな構成によって、随所から感じられるようになっている。歴史とは、どのように創られるのか。作者の紡いだ東京會舘の九十年が、それを鮮やかに表現しているのである。

ところで本書の第九章「煉瓦の壁を背に」は、直木賞を受賞した小椋真護が主人公になっている。作家を目指していることを理解されず、東京會舘で食事中に父母と決裂し、ひとりで生きてきた小椋。もちろん作者と同一視することはできないが、彼の胸にある直木賞と東京會舘への感慨には、なにがしかの実感が込められているのであろう。

優れたエンターテインメント作家であり、直木賞で縁のある辻村深月によって、紙上に歴史を留めてもらう。東京會舘にとって、これほど幸せなことはない。
この記事の中でご紹介した本
東京會舘とわたし 上・旧館/毎日新聞出版
東京會舘とわたし 上・旧館
著 者:辻村 深月
出版社:毎日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
東京會舘とわたし 下・新館/毎日新聞出版
東京會舘とわたし 下・新館
著 者:辻村 深月
出版社:毎日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
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