この星の忘れられない本屋の話 書評|ヘンリー・ヒッチングズ(ポプラ社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月24日 / 新聞掲載日:2018年3月23日(第3232号)

この星の忘れられない本屋の話 書評
それぞれの地域での本と書店にまつわる哀歓の人間ドラマが展開

この星の忘れられない本屋の話
著 者:ヘンリー・ヒッチングズ
出版社:ポプラ社
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探している本を求めるためにだけ本屋に行くのではない。もっと重要なことは、探してはいない本と出会うために行くのだ。編著者ヒッチングズは序文で、あるエッセイを援用しつつこう述べている。欲しい本であることを新たに気づかせること、すなわち私たちに未知の欲求を目覚めさせることが、本屋のマジックなのだ、と。

それだからこそ、人生でこの上ない幸福のひとつは、なじみの書店があることなのである。では、この上ない不幸は? もちろん、なじみの書店が消えてしまうことだ。「夢が膨らみ、啓発が魂を輝かせる」書店との出会いの至福、そしてこうした魔法の場所が消え去る愛惜を記した本アンソロジーを読み、あらためてそんな思いを強くした。編者をふくめ16名の作家やジャーナリストによる、本と本屋をめぐる数々のエピソードから感得できるのは、書店こそ人間的なあまりに人間的な感情の舞台だという事実である。その舞台に小学時代から今日にいたる私自身の本屋への記憶もたくさん誘い出されたが、次は最近の小さな一例。

ロンドンにマッグス&ブロスという十九世紀半ばに創業した老舗の古書店がある。厳重なセキュリテイのある建物でインターフォンを押して許可を求めないと入店できない。博士号を持っている店員もいて、知識は豊富で対応も実に丁寧。高価な本など購入したことはないが、私はロンドンに行けばいつも立ち寄っていた。数年前、東洋部長が見せてくれたのは、「圖面」と書かれた明治44年の多摩川、秋川の分厚い手書きの測量図だった。精細な図面で、細かく水害により不明という箇所の記載もある。値段は二千五百ポンドで、もちろんジャスト・ルッキング(ちなみに原著タイトルの意味は「立ち読み」)。ところが、本書(原著の刊行は2016年)で知ったのだが、店はその由緒ある場所から移転してしまったという。なぜこれが業界の話題になるほどの衝撃かといえば、旧店舗の建物はロンドンで最も有名な幽霊屋敷だったのだ(平井杏子著『ゴーストを訪ねるロンドンの旅』にも詳述してある)。私はゴーストとの遭遇を楽しみにしていたわけではないが、あの場所を引き払えばもはや長い老舗の歴史は終わったのも同然で、深い寂寥感をおぼえた。

本書の魅力の一つは、執筆者の背景が各地にわたり、さまざまな地域の「本屋文化への愛」が浮かび上がっていることだ。イギリス、ウクライナ、コロンビア、中国、エジプト、ケニア、アメリカ、ドイツ、インド、デンマーク、イタリア、トルコなど、それぞれの地での本と書店にまつわる哀歓の人間ドラマが展開される。

ムバラク独裁政権下、公安警察の回し者も紛れ込んでいるなか、カイロの書店の討論会での緊迫した聞き手とのやりとり(「蛇を退治するときは」)。『本から引き出され本』の邦訳のある(私はかつて書評をしたことがある)マイケル・ディルダは、吹雪の日に懐中電灯持参で喜々として掘り出し物を探す。この人は耳の痛い言葉を記している。自分の持っている本が、どれも五分以内で手に取れなければ、ただの本の貯蔵者にすぎないという(「雪の日」)。外国人立ち入り禁止の奥の部屋で『リーダーズ・ダイジェスト』の海賊版の制作にいそしむ北京の書店の思い出をユーモラスに伝えているのは、日本でも読者の多いイーユン・リーだ(「おとぎ話はいつも幸せな結末をくれる」)。

古本屋を舞台にした小説は、出久根達朗(『佃島ふたり書房』)からウンベルト・エーコ(『女王ロアーナ、神秘の炎』)まで数多くあるが、本書にも小説的な人物となりえるような魅力的な変人がいたるところに出没している。とりわけ私が気に入ったのは、自らも詩人であったイタリアのボローニアの古書店主。「本というのは生き物であって、雑に扱われるのを嫌うものだ」といった名言を吐く人なのだが、尊大で文学への愛が感じられない客には、「東京のニホンギ教授に売約済みなんです」とか偽の売約済を連発して、断固売らないのである(「ラ・パルマヴェルデ」)。あるいは、実在しない作家の実在しない作品をいつも注文していく常連客もいたりする(「この世のどこにもない本」)。私自身が東京の某古書店から聞いたところでは、スタニスワフ・レムの架空書評集『完全なる真空』に載っている本の注文を何度もした客がいたらしい。しかし、ことによると存在するはずのない本が、どこからか不意に現れるのではないかと私は考えたりする。

宮部みゆきの『淋しい狩人』の田辺書店を思わせるような、本に栞として差し挟まれた異物に想像を刺戟される話もある。とっくに消滅したバス会社の切符、薬局のレシート、コンサートのチケット、ペットの写真とか(「本屋の時間」)。エリザベス・バレット・ブラウニングの詩集への挿入物はいささか異色で、男性用の避妊具の空き袋だった。これはヒッチングズの序文に出てくる話だが、ご丁寧にもこんな詩句が添えられている。「私が汝をどのように愛するか? それを私は数えてみることにしよう」。

「〈閉店セール〉という手書きの張り紙を目にした私は、まるで家族の訃報に接したようなショックに襲われた」(「ボヘミア・ロード」)という言葉に同感する人は多いだろう。悲観的な見通しばかりではない。青森県八戸市の市営八戸ブックセンターの画期的な行政の取り組み、また書店消滅の危機を救った北海道の留萌市民の運動は注目に値するはずだ。(浅尾敦則訳)
この記事の中でご紹介した本
この星の忘れられない本屋の話/ポプラ社
この星の忘れられない本屋の話
著 者:ヘンリー・ヒッチングズ
出版社:ポプラ社
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