文学のなかの科学 なぜ飛行機は「僕」の頭の上を通ったのか 書評|千葉 俊二(勉誠出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月24日 / 新聞掲載日:2018年3月23日(第3232号)

「科学アナロジー批評」の書 
科学の発想から文学作品を眺める

文学のなかの科学 なぜ飛行機は「僕」の頭の上を通ったのか
著 者:千葉 俊二
出版社:勉誠出版
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本書は、「文学のなかの科学」に関して様々な機会に書かれた二十弱の文章を集めたものだ。その全体を一言でいうなら、「科学アナロジー批評」の書ということになろうか。つまり、科学の発想を借りて文学作品を眺めてみると、なにが見えてくるかという試みである。科学といっても多種多様だが、本書で借用されるのは、カオス、フラクタル、自己組織化といった、主に二〇世紀半ば頃からデジタルコンピュータの発達によって展開した複雑系の科学や数学のアイデアである。いずれもなんらかのパターンの形成に関わるものだ。

どんな議論なのか。例をご覧いただくのが早いだろう。部分を抜粋していることもあり、個々の用語などの意味はお分かりにならなくても構わない。ここでは議論の形にご注目いただきたい。

「自然界に見られるこうしたパターンを生み出す自己組織化の現象は(略)村上春樹の創作過程を考えてゆくうえでもきわめて興味深いものだ。活性化因子と抑制因子というふたつの因子を含んだ物質の相互作用で作り出されるチューリング・パターンは、『風の歌を聴け』の物語パターンの生成をそのまま説明するばかりか、村上文学に特徴的なパラレルワールドについてのヒントも与えてくれる。」(四三ページ)

「繰り返し繰り返し類似したエピソードが何度も断片的につなぎあわされ、暗合と連想が織りなすアラベスクとしてフラクタルな構造をもった作品空間に仕上がっている。そこには、当然、自己相似性から何度も繰り返しながら変奏されるひとつのモチーフが貫かれることになる。」(芥川龍之介『歯車』について/六〇ページ)

同書では、自己組織化やフラクタル、あるいはカオスといった発想に馴染みのない読者でも分かるように、こうした議論の前後で解説が加えられている。

では著者は、科学の発想を借用することで、実際にはなにをしているのか。これが本書の楽しみどころ、読みどころである。

その前にまず読者が十分注意すべきは、これはあくまでもアナロジー(類比)であるということだ。著者は、村上春樹や芥川龍之介の小説が、科学や数学で本来言われる自己組織化やフラクタルの例になっているという指摘をしているわけではない。両者を混同して「アナロジーの罠」(©ブーブレス)に陥らないように気をつけよう。

例えば、フラクタルとは「自己相似性」と訳される幾何学の用語であり、ある図形の部分をとりだすと、元の図形と同じ形が含まれているような図形の性質を指している。当然のことながら小説は図形ではなく、数学的な意味でのフラクタルではない。つまり本来フラクタル図形ではない芥川龍之介の小説を、フラクタルという数学のレンズを通して眺めてみているわけである。

では、このように類比してみると、どのような効果を得られるのか。一つには作家や作中人物が前提としている世界像や科学観を検討する道具として科学のアナロジーを使えるのがわかる。本書でも、例えば自然主義や芥川の作品が、必然性によって組み立てられたいわば決定論的世界像(古典的力学の世界像)の枠内にあることが指摘されている。ここに本書では登場しないグレッグ・イーガンのような作家が描く確率論的世界像(量子力学的世界像)を並べて比べてみても面白い。

また、科学のアナロジーは、小説の構造を検討しようという場合に手がかりとなるかもしれない。例えば、小説の部分同士の関係になんらかのパターンを見出すとか、小説の進行とともにどのような小説世界が組み立てられてゆくかといったパターンを抽出するような場合だ。アナロジーによって、捉え所がないように感じた小説の構造をイメージしやすくなる、ということがありそうだ。

本書の試みを「科学アナロジー批評」と評した所以である。
この記事の中でご紹介した本
文学のなかの科学   なぜ飛行機は「僕」の頭の上を通ったのか/勉誠出版
文学のなかの科学 なぜ飛行機は「僕」の頭の上を通ったのか
著 者:千葉 俊二
出版社:勉誠出版
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