嘘つきジュネ 書評|タハール・ベン・ジェルーン(インスクリプト)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年3月24日

あるかけがえのない何かとして歌いあげられるジュネ

嘘つきジュネ
著 者:タハール・ベン・ジェルーン
出版社:インスクリプト
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辞書風の記述から始めてみよう。ジャン・ジュネ(1910-1986)は孤児として生まれ、十代から盗みを繰り返して何度も感化院や刑務所に収監された。ジャン・コクトー(1889-1963)がその詩と小説の才能に驚歎、周囲に働きかけて、一九四四年三月に刑務所から救いだし、それ以降ジュネは二度と入獄することがなかった。フランスがドイツ軍に占領され、デスノスやマックス・ジャコブが収容所で非業の死をとげていた時代であり、書くことは死をもたらすこともあれば、生きる可能性をあたえることもあった。

モロッコ出身のフランス語作家ベン・ジェルーン(1944-)の『嘘つきジュネ』は、この作家ジュネの晩年を活写する本である。それは書くことを放棄していたジュネが大作『恋する虜』(1986)に取りくんでいた時期であり、ベン・ジェルーンの証言はジュネという作家の最大の謎に迫る手がかりをあたえてくれる。実際、遺作『恋する虜』を手にする人間は思わずにはいられない。これは一九四〇年代の一連の散文作品、『花のノートルダム』『薔薇の奇蹟』『葬儀』『ブレストのクレル』『泥棒日記』という、今日ますます強烈な輝きを放っている小説五作の作者と同じ人間によって書かれた本なのだろうか。ジュネは小説五作を書き終えた後、戯曲、散文詩、評論に向かっていったが、それは小説の放棄を意味していたのか。それともパレスチナ・キャンプで過ごした日々の回想録『恋する虜』において、現実と虚構を自在に行き来する初期の小説的想像力は確かな復活を遂げているのか。

ベン・ジェルーンの解答は明快である。彼によれば、初期の小説五作と『恋する虜』とのあいだには何の断絶もない。ベン・ジェルーンの手法は、実生活においても、書かれた言葉の世界においても、この作家が他人とどのような関係を結ぼうとしていたのかを可能な限り正確に捉えようというものである。ジュネという人間の言葉と行動の核心に何があったのかを凝視する。すると日常でも、作品世界でも区別なく変奏され続けた、いくつかの宿命的なモチーフが見えてくるというのである。

出会いはジュネのほうから、ベン・ジェルーンに電話をかけてきたことがきっかけだったという。1974年5月、ベン・ジェルーンは三十歳で、『不在者の祈り』(1981)も『砂の子供』(1985)もまだ書いていない、パリで心理学を学ぶ大学院生だった。処女作『ハッルーダ』を1973年に出版、確かにジュネはこの小説に好意的な評を寄せてはいたが、六十四歳の大作家が、大学都市ノルウェー館に住む彼に連絡してくるとは考えもしなかったという。

ジュネにははっきり狙いがあった。パレスチナ人キャンプについて自分の見たものを書くこと、それも文学としてではなく、不当に虐げられた、弱い者を擁護する政治的行動として書くこと、彼らがどのような目に遭っているのかを証言し、告発すること――こうした意図がジュネにはあった。そのため、フランス語圏とアラブ語圏の二つの文化にまたがって活動し、『ル・モンド』紙に寄稿するジャーナリストでもあった、若い作家の力を必要としていたのだ。リヨン駅向いのレストランで、憧れの作家に初めて出会った青年は、これが無償の出会いではないことを悟ると、不快に思うどころかむしろ積極的に共犯者となる覚悟を決めたという。こうして書くことを放棄していた老作家と、まだ駆けだしの作家との奇妙な共同作業が始まることになる。

二人の共同作業の最初の結実(「ジャバル・フセインの女たち」(1974)、『公然の敵』所収)は、パレスチナ滞在のエッセンスを凝縮した短い文章だが、そこには『恋する虜』の中核をなす場面がすでに現れている。パレスチナ人戦士ハムザと、その若い母親という二人組カップルのイメージである。ピエタになぞらえられる母と青年戦士のカップルの像は、ベン・ジェルーンによれば、『恋する虜』に限らず、ジュネがこの世の至るところに見出そうとしていたイメージである。例えば、タンジールで、ベン・ジェルーンの実家を訪れたあと、ジュネは青年に語りかける。「おふくろさんは目できみを温かくくるんでいた、聖母のようにきみを包みこんでいた。」ジュネにとって、無償の、包みこむような愛によって結ばれた二人を見出すことが、生きることと切り離せない幻想ファンタスムとなっていたのだ。

この幻想の強度こそ、現実を豪奢な言葉の世界に転換するジュネの根源的な営みの核心にあったものだ、とベン・ジェルーンは指摘する。ジュネは何ひとつもたない人々をまるで叙事詩のなかの英雄のように歌いあげた。『泥棒日記』では、「貧窮もまた驚異の源泉であるということ」、もっとも高貴な言葉で語られるに値する世界であることを示した。『恋する虜』でも「何かを所有したことなど一度もなくおよそ贅沢というものを知らなかった」人々のことを倦まずに語った。ベン・ジェルーンの描くジュネは、あらゆるものを奪われ、何ひとつ持たない人々につねに寄り添い、現実に持たないものを言葉の世界で取りもどさせることに心を砕いた、孤高の人間である。

実際この本で描かれるジュネは、自らに質素な生活を課した聖人のようだ。住所も、電話も、決まった住まいももたず、会いたい人間には彼のほうから電話する。電話番号が記された何枚かの紙きれを、眼鏡ケースにしまっているだけなのだ。生活を保障する、世界中で上演される戯曲の著作権をガリマール社に受けとりに行く以外、居場所に縛られない自由な生き方をしたジュネ。同時にこの作家が、何人もの若者を駄目にしたことを、ベン・ジェルーンは見逃さない。貧しさのうちにいる青年たちが、自分にできたように、努力さえすればその境遇を乗りこえられると信じ、ジュネはさまざまな助力をあたえ、それによってかえって彼らの人生を台なしにしてゆく。

しかしそこに非難の調子はない。ベン・ジェルーンはジュネという存在を外側から、冷静な距離を保って分析するではなく、あるかけがえのない何かとして歌いあげることを目指しているようだ。この人物の駄目な部分もしっかり見つめながら、それでも地上に顕現したことが信じられない驚異の思い出としてジュネとの交流を綴っているのだ。もっとも信頼する人間を裏切るジュネ、若く、美しい青年を自堕落にしてしまうジュネ、それでいてこの世で何ひとつ持たない人々の生活を神々しいものとして讃美するジュネ。「彼はつねに、死につきまとわれる人々、生から引き離される人々、自分の土地から追われる人々、住まいと文化を破壊される人々、制度が働く蛮行によって歴史の流れから押し出される人々のなかに、みずからの居場所を見つけた。ジュネにつねに彼らの側にいた。」これ以上の賛辞があるだろうか。(岑村傑訳)
この記事の中でご紹介した本
嘘つきジュネ/インスクリプト
嘘つきジュネ
著 者:タハール・ベン・ジェルーン
出版社:インスクリプト
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年3月23日 新聞掲載(第3232号)
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