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更新日:2016年8月26日 / 新聞掲載日:2016年8月26日(第3154号)

世界に今、問う!日本の発達心理学 鼎談=岩立志津夫×子安増生×根ケ山光一

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英文書籍Frontiers in Developmental Psychology Research:Japanese Perspectives(ひつじ書房)刊行を機に

日本発達心理学会は、本年七月に開催された国際心理学会第三十一回横浜大会(ICP2016Yokohama)に向けて、日本の発達心理学の成果と現状を世に問うべく英文書籍Frontiers in Developmental Psychology Research:Japanese Perspectivesをひつじ書房から刊行した。監修者の岩立志津夫氏、子安増生氏、根ケ山光一氏に、刊行の経緯や日本語では読めない本書の内容、また英文書籍を刊行することの意義について等、大いに語っていただいた。(編集部)

日本人は心の問題をどう 考え発達をとらえるか

根ケ山
 私は途中から編集作業に加わったので、そもそもの経緯を知らないのですが……。
子安
私が日本発達心理学会の理事長を務めている間に、国際心理学会(ICP)の日本への招致が決まりました。それが本年七月二十四日から行われた第三十一回大会ですが、このICPで海外の研究者にどのように日本発達心理学会のことを伝えるかが、課題としてあったのです。英国心理学会(発達部門)とは、お互いの大会にキーノートスピーカーを派遣するという形で国際連携が進んでいましたが、世界に日本の発達心理学会を発信していくところまでは到達していない。それを進めたいという思いが発端でした。機関誌『発達心理学研究』に英語論文のページを作ることも考えましたが、雑誌媒体で経常的に、というのはハードルが高いだろうと。それで書籍化を企画し、当時の学会出版企画委員長だった岩立さんに相談したのです。

現在、英語の学会誌は、日本心理学会の英文機関誌JapanesePsychologicalResearchのみです。外国の雑誌には、日本独自の研究は受け入れられにくい。ですから日本から発信していく体制を整えることが責務でした。
岩立
日本発達心理学会には、今では約四二〇〇名の学会員がいて、研究者個人では、外国の雑誌に研究論文を掲載している方も、今回の学会で発表した方も大勢います。ただ学会としては、まだ日本の発達心理学について、海外に向けて十分伝えられていない。この機会に、日本で発達心理学が盛んに行われているということを知らせることができればと、ICPに間に合うように、英文書籍を刊行することになりました。
根ケ山
この本は二部構成で、一部では、これまでの歴史を踏まえた日本の発達心理学の経緯、二部では、日本オリジナルの最先端の発達心理学研究の紹介、となっていますね。
私自身も今回は、日本人はどういう発想で心の問題を考え、発達をとらえているのか、日本的な視点を伝えることを意識しました。
子安
根ケ山さんは、親と子どもの反発、対立についての研究ですが、確かに日本には欧米とは違う親子関係が見受けられます。
根ケ山
発達心理学には「アタッチメント」という巨大な理論が存在します。それは子どもと親が調和的に接触し、受け入れ合う中で、育まれるものがあるという、親和性をベースにした理論です。ただこれは西洋で発祥したもので、個人主義が思考のベースにある。文化的な違いを考えると、日本人の発達と適応に必要なのは、アタッチメントだけではないだろう、と。
今回は、「食」をコミュニケーションの一つと捉え、親が食べさせるご飯を、子どもが拒否するという対立構造について、日本の子育ての在り方を、西洋との比較で考えています。日本的な親子関係には、アタッチメントばかりではなく、反発する気持ちや行動に根ざしたものがある、という意味で「ネガティビティ」という概念を提示しています。
岩立
他にも、柏木惠子さんは、日本の人口問題を、特に少子化との絡みから調査し、発達心理学の在り方も変わっていく必要があることを訴えていますね。取り上げているのは日本の現象ですが、人口問題は今や世界的なものですから、他国の研究者にも参考にしてほしい。また能智正博さんは、「質的研究」を通して、日本独自の視点を示しています。
子安
多数のデータをとり統計分析する「量的研究」は伝統的な手段ですが、インタビュー形式で一人の方にじっくり話をきく質的研究も、二〇〇四年に日本質的心理学会が立ち上がるなど、現在日本で盛んに行われていますね。

質的研究では、量的な研究ではとらえられない「ナラティブ(物語)」に直接アプローチすることができる。対象者が自身の体験をどのように物語るか、またそれを聞く研究者がいかに物語化するかという、重要な二つのプロセスが取り上げられます。

世界の研究の水準や 方向性を知る必要

根ケ山
私は、菅原ますみさん、松本聡子さん、酒井厚さんの研究が興味深かったですね。ある同年に生まれた人たちのグループの発達を、長い時間かけて追うという、いわゆるコホート研究です。発達は、社会情勢などのバックグラウンドの影響を強く受けますが、例えば団塊世代や全共闘世代など、同じ時代に経験を共有している人々について、その時代背景を考慮しながら、マスとして社会全体の発達を捉えるという観点です。菅原さんは、日本のコホート研究の歴史的展開をまとめており、社会背景を反映した日本独特の心理・思考が、研究に現れているのが面白かった。
子安さんも今回、発達心理学の歴史的経緯をまとめていらっしゃいますね。
子安
日本の発達心理学の過去と現在と未来を描きました。心理学は学問としての歴史は浅く、ドイツのヴィルヘルム・ヴントが心理学の実験室を作った一八七九年がその始まりです。その当時の心理学者は、哲学に興味がある生理学者や医学者です。その代表がヴントであり、アメリカのウィリアム・ジェームズ。日本はヴントやジェームズの研究を、比較的早い時期に追っています。日本最初の心理学者といわれる元良勇次郎先生や松本亦太郎先生がヴントに教えを受けていますね。
また発達心理学も比較的早い時期に欧米の研究を汲んでいます。例えばフランスのビネーが一九〇五年に開発した最初の知能検査は、日本に取り入れられ、一九一九年には日本版ビネー式知能検査が作られています。明治期の文明開化政策の中で、日本の心理学も出来上ってきたということです。
しかしキャッチアップできていないものもあり、その一つが大規模縦断研究でした。これは同じグループの人たちを何年も何十年もの期間に亘って継続的に調査しデータを取っていく。大掛かりな研究なので、億円単位の経費がかかるのです。対する横断研究では、ある時点に複数の人々に対し調査して、大量の統計データを短時間で収集することができますが、これでは異年齢群の比較調査はできても、時間の経過による変化を知ることができません。発達する過程を調査することは重要で、イギリスやオーストラリアなどでは、国をあげて、何千人、何万人単位の縦断研究が進められています。各国の縦断研究が目指しているのは、子どもと貧困の問題。貧困家庭がどのように再生産され、貧困が子どもたちの教育や発達のリスクファクターとなっているかが、熱心に研究されています。
岩立
かつては欧米からの研究が先に立ち、同じ流れの上で後発的に日本の研究がなされていったわけですね。現在は日本独自の研究からの新しい発見もあり、場合によっては、外国の研究理論自体が修正を迫られたり、日本のデータを入れてバージョンアップしたりする、ということもある。ただ、やはりまだ欧米に比べ、行き届いていないところもあると。
子安
私の専門は「心の理論」研究で、一九八三年のデイヴィッド・プレマックとガイ・ウッドラフの論文「チンパンジーは心の理論を持つか?」がその嚆矢です。「心の理論」とは、人間の四歳から六歳ぐらいの間に、自他の違いが分かってくることをいいます。「心の理論」が育っていないと、買い物を頼まれた子が、店の人に「お母さんが買ってきて、と言ったものをちょうだい」などと言ってしまうことになります。
この「心の理論」は、日本では一九九〇年代に入っても、研究が始まりませんでした。その後、定型発達児と自閉症児を含んだ幅広い層を対象に、私たちが研究を行うわけですが、そのタイムラグについても、今回記しています。他国の進んだ研究をキャッチアップするだけでは十分ではありませんが、少なくとも世界の研究の水準や方向性を知っておかないと未来はない。今回、それが伝えたかったことの一つでした。
そういう意味からも、千住淳さんの最先端の研究は、面白かったですね。この方は東大を出たあとロンドン大学で活躍しています。自閉症スペクトラム症の研究者で、自閉症者が認知プロセスにおいて、どんなことを感じたり考えたりしているかを、脳科学的に研究しようとしている。興味の幅が広い人で、あくびがうつるのは共感性によるという面白い実験も行っています。
岩立
研究もどんどん新しくなっていきますから、この一冊で終るのではなく、第二弾、第三弾と続けていけるといいですよね。
私は言語発達が専門ですが、中邑啓子さんの研究は、日本独自の敬語や、男言葉・女言葉がどのように子どもたちに定着していくかを中心としたもので、興味深く思いました。また針生悦子さんの最近の実験的な研究では、主語や目的語という文法的概念が、十四~五ヶ月ぐらいの子どもに芽生えることが明らかにされています。
もう一つ面白いのは、仲真紀子さんの「子どもの証言性」についてです。これは子どもの証言が法律的にどれぐらい信用できるかという研究で、子どもの証言が実際に裁判でどのように利用されたか、どうしたら子どもに正しい証言をさせることができるかなど、具体的に書かれています。日本の裁判の実例があげられていますが、全世界的に興味を持たれる内容ではないかと思います。

発達の力:子どもは 大事なことから学ぶ

根ケ山
こうして各論文をまとめて読んでみると、研究内容は多岐に亘りますが、どれも身近なところから発しているテーマだからか、通底しているところも感じます。そもそものお話になりますが、お二人は何がきっかけで、現在のテーマを研究することになったのですか。
子安
大学院生のとき、京都大学がNX式知能検査の五歳~八歳用の改訂版を作っていて、アルバイトで私も幼稚園を回ってそのデータをとっていたのです。そのとき、どうしてこんな風に子どもは考えるのだろう、と不思議に思うことが多かった。それがきっかけでしょうか、他者理解から、心の理論へ、常に幼児を対象に研究してきました。
子どもがよく描く絵に、〇の中に目と口があって、手足が生えている、いわゆる「頭足人」がありますが、この絵では一番大きな胴体が省略されているわけです。一体、子どもは何を見ているのか。それは体の中の「動くもの」なのです。つまり、子どもは大事なことから学ぶ力を持っているのではないか。そうした子どもの持つ、純粋な発達の力に興味があるのです。
岩立
僕は大学院生の頃、月に六~七日ぐらい二時間つきっきりで子どもの発話データを集めるという作業、分析をしていました。決まった状況下で、定期的に、半実験的にいくつかの家庭を二年程まわりました。当時はそれが何の役に立つのか、どういう結果が出るのか不安でいっぱいでしたね(笑)。アメリカのノーム・チョムスキーの生成文法理論に呼応して、心理学者も同様の研究をはじめた、そういう時期だったのです。

内容は非常にシンプルで、「ママ」とか「マンマ」などの一語しか話さなかった子どもが、語数が増えていくとき、どのような発達が起こっているのかを調査しました。一つの着目点は、語順です。アメリカで有名なのが、マイケル・トマセロの研究ですが、比較すると、日本語と英語とで共通するところがありました。日本語には助詞があるため、ある程度語順が自由だと言われているのですが、子どもはなぜか語順にこだわるのです。これは、世界中の子どもの言語発達に、普遍的な要素であると考えられています。
子安
一語文ならば「ワンワン」、二語文になると「ワンワン コワイ」になる。そこには大きな距離がある。その距離を、どう子どもが乗り越えるのか、いつも不思議に思うのです。
岩立
「ワンワン」と「コワイ」の関係性が、頭の中で分かっていなければ、並べられませんからね。理解と、それを表現するための手段。両方揃わないと、発話できない。子どもはあてずっぽうにやっているわけではなく、関係というものを、語と語の間に作っていく。それがあって初めて発話となる。すごいことですよね。
根ケ山
私の研究室は猿の隔離飼育を行っていました。子猿をごく初期に母猿から離して育てると、自分の毛を引っ張ったり、足を噛んだりという異常行動が出てくる、それを研究していたのです。なんだか子猿がかわいそうだという気持ちと、他の人と違う研究をしたいという思いで、隔離飼育からの常同行動という研究から離れ、攻撃行動を調査するようになりました。
あるとき母猿が子猿を噛む現象に気づき、それが研究の出発点になるのですが、母子の間の攻撃性は、健全な分離のための一過程なのです。母子は、いつか離れなければならない。愛着とともに離れることも認めておかないと、アタッチメントの観点ばかりでは、解決しないと思うのです。特に日本人は対立し、距離を取ることで、いい関係を取り戻すことができると考えています。
子安
一口に発達心理学と言っても、欧米における成長と、日本の成長とでは差異がありますよね。心の理論研究でいうと、他者理解の始まりは日本の子どもたちの方が、欧米より遅いのです。しかし六歳になったら追いつきます。この差がなぜできるのか、欧米の研究者の解釈は、私には方向違いに思えます。私の理解では、日本の母親は子どもと良くも悪くもべったりで、母親が先回りしていろいろなことをやるので、子どもが他者について考えなくてすんでしまうのではないか。
他者理解のスタートの誤差は問題ではないのですが、べったりの親子関係がいつまでも続くのでは困ります。根ケ山さんの話にあった、アタッチメントからデタッチメントへの変化を、日本の親はどう受け止めていくべきか、もっと考える必要がある。そうでないと、中高生になっても、親は子どものことを他者として捉えず、子どもの独立心を阻害してしまうということが起こり得ます。日本の文化の中で、この問題は大きいと思うのです。
岩立
柏木惠子さんの論の中にも、根ケ山さんがよくおっしゃる「子別れ」が出てきますが、対象が高齢化社会なんですよね。子は親を介護しなくてはいけないと思い、親は子に見てほしいと希望する。この伝統的な思いが困難を生じさせている。高齢化社会の抱える問題にも、その根っこに子別れがある。
根ケ山
霊長類に見られる養育形態に、「アロマザリング」という概念があります。母親以外が、子どもを養育する行動のことで、これも子別れの要素の一つです。実の母のみが子を育てるわけではなく、むしろ母親以外(アロ)が子どもの周りにいることが、自然な子育てだと言えるんです。
子安
二〇世紀初頭まで、実は男性の方が女性よりも寿命が長かった。女性は出産のときの死亡率が高かったので。つまり母親に育てられない子がたくさんいて、アロマザリングは人間の社会でも、伝統的にあったことだと思います。
また、アタッチメントは本来は、第二次世界大戦で親を亡くした子どもたちの発達の遅れを指摘する、ジョン・ボウルビィ医師の提唱した概念ですね。それは、親子の関係性ではなく、例えば施設内で、発達のケアができていないことを問題視したはずです。それがどこかで親子関係にすり替わってしまった。
根ケ山
今日の日本社会は、母と子を強く結合させて、母親が過剰にがんばらなくてはいけない構造を作ってしまっている気がしますね。

発達心理学と社会 動向の密接な関係

岩立
発達心理学は社会動向と密接な関係がありますよね。凶悪事件の低年齢化や、ネグレクトなどの社会の動向も看過できないわけですが……。
子安
昨年『絶歌』の出版が騒動になりましたが、当時十四歳の中学生が起こした「神戸連続児童殺傷事件」は未だに気になっている事件です。その後、佐世保で小学校六年生の女児がクラスメートを殺害する事件も起こりました。なぜあのような事件が起こるのか、初めは「心の理論」の欠如だと考えました。でもそれだけではなくて、共感性のなさですね。少年Aが起こした事件の中で、「手を洗いたいから、洗い場に連れて行ってください」と女児に声をかけ、人気のないところに連れて行かせるわけです。そこにはこう言ったら、こういう所へ連れて行けるだろうと判断する心の理論が存在します。でもその後、「お礼を言いたいのでこっちを向いてください」とわざわざこちらを向かせて、ハンマーで叩くという、普通の感覚では考えられない行動をします。また、そのときどんな気持ちだったかと検事にきかれると「ゴキッと音がした」と答えている。少なくとも検事調書の中には、相手の気持ちの推測も、叩いた後自分が思ったことも出てこない。共感性が見えないのです。
佐世保事件では、思い込みから生まれた憎しみという感情がある点、少し違いますが、教室から離れた部屋に連れて行き、目かくしして首を切るという残虐な行為は、これも共感性不在の問題ではないかと思います。心の理論と共感性という両輪が、どのように関係しあって発達していくのか、そのことに、非常に興味を持っています。
根ケ山
僕は、北海道の山林で、置き去りにされた小学二年生が、六日経って五キロ離れた場所で発見された、あの事件に思うことがあります。親の対応が躾と言えるのか虐待なのかと問題視され、外国のメディアはおおむね虐待だとみなしました。しかし日本国内では、親に対する同情も生まれましたよね。子どもというものは、腕白でわがままで、言うことを聞かない。ある程度は規制しなければいけないと。体罰なのか躾なのかという議論は、日本のマスコミでよく話題になりますが、長い発達のプロセスの中でその意味を考えていくべきものではないかと。日本人ならではの集団主義で、「お互い様」とか「間柄」とか言う密接な人間関係が根底にあるからこそ、時には「子別れ」や対立の必要性が出てくる。ネガティブな関係性だと簡単に排除してしまわずに、日本人的な距離感を知った上で、親子関係の新たな理解へ進めないものか、と思います。
岩立
日本発達心理学会は、臨床発達心理士という資格と関係して、発達障害の子どもたちの支援を中心的に行っています。ただ、発達心理学が、社会でもっと大きな役割を果たしてもおかしくないと思っています。今お二人が話された例をはじめ、様々な問題に対して、発達心理学の蓄積してきた研究データは有効に働くのではないか。アメリカなどでは心理学の中でも発達心理学が、社会的な研究集団としての価値を認められつつあります。日本でも、例えば事件が起こったときに、日本発達心理学会として、研究に基づく何らかの声明を出すなど、発達心理学の研究の質を上げると同時に、社会に研究の成果を踏まえて発信していく必要があるのではないか。今回の出版の直接の目的は、ICPでの国際交流でしたが、より遠大な計画に繋がることを期待しています。
一九八九年に日本発達心理学会ができたときも、似た流れがありました。その設立の二年前、国際行動発達学会(ISSBD)の大会が、東京で開催されました。世界中から一〇〇〇人を超える研究者が集まった。その大会に関わったことで、柏木惠子さんや初代理事長になった東洋さんなどの重鎮と、当時の若手研究者たちが、幅広い発達研究の交流の場としての学会設立に邁進することとなったのです。
子安
我々も三〇代後半で、参加しましたね。
岩立
国際的な大会が開かれることで、国内の研究が一段階大きく発展するという相乗効果があるのではないでしょうか。今回もこの本がステップとなれば、と思っています。
子安
当時、新しい学会ができたことで、若い者が雑誌の編集や、委員会に関与するような重要な仕事に付きました。日本発達心理学会には今でもその伝統が残っており、若い研究者が委員長となって、理事会に参加する体制がとられています。ただ規模が大きくなり、少しずつ敷居が高くなっていることは否めません。若い人が活躍できるような体制作りを、改めて考える時期かもしれません。そして若い優秀な方たちに、次の世代へと繋いでいってほしいのです。
根ケ山
インパクトのある本になったと思います。他の学会も日本発達心理学会にならえ、というような、起爆剤になったらいい、そう思います。
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