分身入門 書評|鈴木 創士(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

分身入門 書評
「分身」という美学的 イマージュの実験書

分身入門
出版社:作品社
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分身入門(鈴木 創士)作品社
分身入門
鈴木 創士
作品社
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本書は音楽家にしてフランス文学者である鈴木創士が、近年雑誌やネットなどで公開した文章を集成したものである。とは言え驚くべきことに「分身」というテーマがあたかも初めから企図されていたかのように、全ての文章は一定の調合性を保ち、一冊としての身体をもつ鈴木創士の分身になっている。

ハンス・へニー・ヤーンは、知られざる二十世紀文学の金字塔『岸辺なき流れ』の中でまさしく鈴木創士が分身と呼ぶものを描いている。それは幽霊ではない。すでに存在しないはずの遠い星の光がこの瞬間にも眼前に到達して瞬くように、死者の時間を逆行させ分身が現実に現れるのである。そればかりか最愛の人の死体と共に、消すことの出来ない時間を抱えて主人公は暮らすのだ。『分身入門』に記された「時間のなかに生まれたはずなのに、死なないものがある。始まったのに、終わらせることができない」(8頁)という文に触れた時、本書の中に『岸辺なき流れ』の分身を見ることができる。

分身は音楽にも例えられる。リトルネッロによって反復される「ひとつの調」は、もはや繰り返すごとに回帰でありながら開始のような無数の分身の連なりを内包するのだ。その意味で『分身入門』における様々なテーマに及ぶ美学的イマージュは変奏ではなくリトルネッロだということも出来るだろう。それぞれが相混じることのない別々の実験でありつつ、それは絶え間のない繰り返しと「ひとつの調」を再現可能にしている。繰り返し演奏されるたびにリトルネッロは全てが別の響きを持っている。

本書の分身を見てみよう。
例えば金子國義の分身はどうだろう。著者は面識がなかったと言われているけれど、その文章には確かに金子國義が立ち現れた。私が生前会ったどの金子國義でもない、未だかつて存在さえしなかった金子國義が確実に息をしていた。この奇妙な体験こそ、著者が分身と呼ぶものの最初の印象だった。

ベケットの分身はその創作そのものに関わっている。「ベケットの文章はベケットの肉体にそっくりである。これはどういうことなのか。誰かが内部で書いている。外側にもベケットがいる」(107頁)このときベケットの言葉が受肉化しているということではない。ベケットの肉体がカタレプシーになるように、この分身はもっと人間ならざるもので、内側と外側を出たり入ったりしながら書くということだ。分身はかくも非人称的に振る舞うこともあるようだ。

夢野久作の『ドグラマグラ』から「何も彼も要らずの映画」という言葉を取り出し、著者は分身のイマージュ論をさらに具体化している。それは説明もフィルムもスクリーンも映写機さえ持たない。「それは光学的、物質的、素粒子論的等々、つまり物理的意味における光でできた『影』であり、要するに絶対滅びることのない、消えることのないものとしての『イマージュ』ではないだろうか。物質であり波動であるこれらのイマージュは永久自動人形のようにひとりで動き回る」(62頁)というのである。

「芸術は消え失せ、分身は残る」(15頁)なんという美しい言葉だろう。イマージュは創造者を必要とせず、意図することなく残ってしまい、そして動き回る。もはや誰がどこで作ったかわからない歌を思わず口ずさんでいるように。「ロックミュージシャンはロックミュージックの中に完成し、そこで息の根を止める。詩人はひそかに詩の中に消えるだろう。そして二つの存在も別々の仕方でいずれは跡形もなくなる。本もディスクもただの物にすぎない。誰がつくったのだろう。誰が歌っていたのだろう。ともに後には何も残らないのだ。ほんの少しの息づかいを除いて」(259頁)。ブニュエル、デヴィッド・ボウイ、サド侯爵、ニーチェ、ヴェルヴェット・アンダーグランド、寺山修司、ロラン・バルト…その息づかいが本書から聞こえてくる。

先頃、鈴木創士が新訳で上梓された『ヘリオガバルス』はまさしくアルトーの分身そのものであった。本書『分身入門』は、そのアルトーの『演劇とその分身』に折り重なるようにして、互いの輪郭を滲ませあっている。
この記事の中でご紹介した本
分身入門/作品社
分身入門
著 者:鈴木 創士
出版社:作品社
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