【横尾 忠則】巨大な自画像 反芸術?非芸術? 芸術の不健康さからの脱却|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年4月3日

巨大な自画像 反芸術?非芸術? 芸術の不健康さからの脱却

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2018.3.19
 ぼくの寝室に人がゴロゴロいる。そこへおでんが一尺ほどの黄色味がかった大トカゲを咥えて入って来た。おでんからそのトカゲをもぎ取ったのは泉谷しげるだった。「取ってやったんだから百万円よこせ」と叫んでいる。「高い!」と娘。「じゃ」と言って金額を下げて最終的に「30万でいい!」と言ったが誰も納得しない。

古い西洋館の一室に5、6人の友人がテーブルを囲んで「次回の会合にはお土産を持ってくることにしよう」と糸井重里さんが提案して、「ハンチング帽にしよう」と言う。

テレビにはいとうせいこうさんが映っている。表情が時々真顔になる瞬間がある。誰かが「タレントになり切れてないねえ」と言う。作家としてのテレがあるのかも知れない。

「家族はつらいよⅢ/妻よ薔薇のように」の試写を調布の現像所で観る。この映画のタイトルバックを制作している。1分少々で終るが何人かの人は1時間位の作品になるといい、と言ってくれる。タイトルが1時間で本篇が20分? 本篇の監督さんは怒るよ。

2018.3.20
 昨夜9時に寝たので4時に目が覚める。「すばる」のインタビューのゲラ校正をする。

gggの北沢さんが9月開催予定の『幻花』(瀬戸内寂聴作)の挿絵展の依頼に。45年前に描いた絵だが、今じゃとってもあのエネルギーはないよ。

神戸のY+T=MOCA(横尾忠則現代美術館)の平林さんが次回の自画像の作品を編集し直したものを持参。ウン、これで行こう。

磯﨑憲一郎さんとの対談「群像」のゲラ校正をする。美術と文学の出合いについて語り合う。

2018.3.21
 今日は春分の日で昼と夜の長さが等しくなる日だが、朝からみぞれ、その内、雪に変るが、降雪の中20分以上、長靴を引きずりながらヘアーカットにピカビアへ。店で出るユズ茶が美味く2杯飲む。
神津善行さんと赤坂の維新號で (撮影・徳永明美)

2018.3.22
 (1)旅館に缶詰めになって大勢の編集者に囲まれながら小説の挿絵を描くことになっているが、絵の描き方を忘れてしまった。「今日中に全部仕上げます」と言ったものの午前0時まで描けるはずがない。

(2)相撲部屋の親睦会に招かれている。30人近い力士が親方を上座にお膳を前に無言で座っている。見渡したところ有名力士はひとりもいない。誰かの化粧廻しを描いたお礼に呼ばれているらしいが暗いんだなあ。

(3)間もなく切腹をしなければならない羽目になっているが理由はわからない。きっと痛いんだろうなあ。介錯とどっちが痛いんだろう?

春分明けだというのに今日も薄ら寒い。

神津善行さんと定期検査のために虎の門病院へ。改善した部分もあるかと思えば悪くなっている個所もあるが、先生の的確な説明と指導に安心する。むしろ改善しなきゃいけない個所がある方が、2ヶ月後の検査の結果が楽しみだ。先生はぼくには一切薬を出さないで、運動と食事の養生とさらに言霊で治してくれる。

神津さんは物知り博士で何を聞いても教えてくれる。ぼくより4歳年長だがいつも元気だ。神津さんの長生きはぼくの長生きにもなるので、常に健康でいてもらいたい。

松竹映画の濵田さん久し振りにアトリエへ。他の話と違って映画の話は尽きない。

2018.3.23
 同級生の井上孝君と久し振りに西脇で会う。彼はオーストラリアに長い間住んでいたが、郷里に帰ってきたのかな。「明日どっかに行かない?」と誘うが、昨日子供と山へ行ってきたという。明日なら店(飲食店経営)が終ってから会えると言う。夜の10時に店に来てくれと言う。「よっしゃ、わかった」と約束して帰路に着くが、考えてみれば就寝時間が10時のぼくには無理だとわかった。どうせぼくの見た夢なんだから、彼はぼくとの約束などした覚えがないはずだ。夢の約束は破っても誰も文句はいわないだろう。

「すばる」のインタビュー記事に急遽写真を掲載したいといって写真を撮りに。「上手い人は2、3枚で止めるよ」とカメラマンに言うと本当に2、3枚で終った。大丈夫なのかな?

西脇市岡之山美術館の山崎均さんと竹内輝代さん来訪。9月からの西脇をテーマにした個展で現地制作をすることになっている。加齢というか、老齢と共に生まれ故郷に想いが帰還して、子供時代を創作の原郷としてパンドラの函が開き始めるのは誰にも共通するものなのだろうか。

2018.3.24
 150号のキャンバスに仏陀みたいな巨大な自画像を描いてみたくなった。なぜ、こんなに大きい自画像を描こうとしているのだろうか。よくわからない。この行為は反芸術、それとも非芸術。芸術の不健康さから脱却するためにはこーいうことをして芸術の健康を取り戻そうとするのかも知れない。所詮、芸術はレトリックなんだ。誰も芸術をレトリックとは認めたがらないけどね。結局はやりたいことをやるしかないのだ。

神津さんちとわが家の中心に神戸屋がある。このレストランの店長を紹介してもらう。とにかく神津さんは小顔だけれど世間顔が広いんだ。

2018.3.25
 今朝の朝日新聞一面の鷲田清一さんの「折々のことば」に対談集『創造&老年』の中からぼくのことばが引用されているが、鷲田さんの解説のことばの方が面白い。このコラムは毎日読むけれど、引用されたことばよりも解説の方が奥行があって面白い。と言うと当事者から叱られそーだけれど、そーなんだから――。

雲ひとつない青天に満開の桜。気もそぞろ、野川堤の桜をひやかしに。芝生の上にはマネの「草上の昼食」グループで印象派満開って感じ。(よこお・ただのり=美術家)
2018年3月30日 新聞掲載(第3233号)
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