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手塚治虫―深夜の独り言
2018年4月3日

手塚治虫―深夜の独り言(5)先生のペンダコ

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『少年サンデー』で「どろろ」の担当編集者だった私が、例の如く手塚邸を訪れたら、昨夜来の雪で庭は一面雪景色であった。先生は執筆の手を休め、
「雪合戦をしましょう」
と切り出す。正直なところ、締切りが気になったが気分転換にもなるだろうと思い、
「やりましょう。でも手を傷つけないで下さい」
と答えると、先生ベレー帽をチョイとなぜ、
「大丈夫、大丈夫」
と言いながら庭に降り立った。息子の眞君と娘のるみ子さんとの雪合戦。アシスタントや私は参加せずただ見ているだけ。三十分程雪合戦をした後、再び執筆に入ろうとしたら、
「中村さん、手が震えてペンが持てない。少し休ませて下さい」
と悲痛な声で訴える。ホラ見たことかと思ったが、グッと心を鎮めて、
「肩を揉みましょうか?」
とマッサージの経験もないのに返事をすると、
「お願いします」
しまったと思ったがもう遅い。仕方なく先生の肩、手、特に右肩を重点的に揉む。ついでにこの天才の右手はどのようになっているか観察してやれと、凝視した。 何と先生の右手の薬指の付け根から第一関節の間に三ミリほどの丸いタコが。次いで第一関節から第二関節の間に同じく三ミリほどの丸いタコが。更に目を凝らして見ると子指の第一関節と第二関節にも同様の大きさのタコが。私は思わず、
「先生、このタコは?」と愚問を発してしまった。先生は、
「アッ、これですか。これは僕が長年まんがを描いてきた証です。このタコがなくなった時、僕のまんが家生命は終わるんです」
と、少し恥ずかしそうな顔で答えた。何か子供がイタズラを見つけられたときのような顔で答えたのが昨日のように思い出される。本当は見られたくなかったのではないかと今になってみると思われるが…。

先生のまんがを描く手順はこうだ。先ず主線オモセンを鉛筆で描き、Gペンでその上に完成されたまんがを描く。深夜三時頃、興に乗るとGペンの音がサー、サー、と流れ、ここぞというシーンは力強くガッ、ガッと音が変わる。手塚ワールドの幕開けである。(なかむら・かずひこ=元小学館編集者)
2018年3月30日 新聞掲載(第3233号)
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