ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動 書評|塚原 史(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月31日 / 新聞掲載日:2018年3月30日(第3233号)

未完の芸術運動としてのダダ 
その意義と可能性を強く訴える

ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動
著 者:塚原 史
出版社:岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
ダダ研究の第一人者による本書は、第一次世界大戦中から時間的にも空間的にも広範な影響力は発揮したこの動向について、「ダダグローブ(ダダの地球)」という観点を設定して、最新の研究成果にも配慮しつつ、現在性を視野に入れてその輪郭を捉えようとする。すでにダダについて多数の著述のある著者が新たな一書に取り組む契機となったのは、チューリッヒ・ダダ百年を記念して開催された展覧会「再構築された「ダダグローブ」」であり、この企画は、ついに未刊におわったトリスタン・ツァラ編によるアンソロジー「ダダグローブ」を、パリで奇跡的に発見された――著者流にいえば「地球をつなぐ」――数十人の草稿や写真等によって、再構築するというのが大きな眼目であった。

したがって本書の主人公はとうぜんツァラとなる。ちょうどシュルレアリスムにおけるブルトンに相当する役割が割り振られ、本書を貫く背骨のような存在となっており、まずはルーマニアに生まれた詩人がチューリッヒ、そしてパリへと進出して、ダダを実践し、大きく国際的に展開させるというその生涯を、社会状況や文化的背景とともに作品や思想に触れながら、簡潔な筆致においてたどる。その上で、チューリッヒから始まった「ダダの地球」における展開を「複数化するダダ」として、「ダダグローブ」にちょうど対応するような国際的なアンソロジー「ダダ大全」を編んだヒュルゼンベックをはじめ、グロス、ハウスマン、ヘーヒらが活躍するベルリン・ダダ、またボンセット(ファン・ドゥースブルフ)やシトロエン等のオランダのダダ、さらには東欧での台頭にも注目する。

ついで著者はアメリカ大陸でのダダに目を転じる。そこにはチューリッヒと負けず劣らず重要な拠点であったニューヨークで、デュシャン、マン・レイ、ピカビア等が活躍したダダがあるし、一方で南アメリカにはスペインからダダが到来し、ボルヘス等がこれに熱く共鳴することになった。さらに著者は周辺・周縁に踏み出し、大きく「地球をつなぐ」、あるいは結び直すことに挑んだ。ひとつはツァラが試みた「黒人詩」を手掛かりに、人類学的な関心やプリミティブなものへのアプローチの問題であり、ふたつにはダダという動向において周縁化された女性のダダイストの活動の再検証である。とうぜん、日本の詩人たちも忘れてはいない。高橋新吉、中原中也のダダ詩、さらに瀧口修造、坂口安吾によるツァラの翻訳について要を得た説明がなされる。

こうしてダダによって世界をつないできた著者が最後に論じるのは、ダダの現在性、現代アートにおけるダダの意義であり、原作が行方不明のデュシャンの《泉》を「シュミラークル」として分析するなど、ジャン・ボードリヤール翻訳者としての著者ならではの立ち位置も生かしつつ論じて、本書をまとめている。

歴史的な動向として正面から捉えられるダダは、二〇〇五年パリのダダ展カタログが厚さ四・五センチ、千頁を超えるようなまとめを要請するかもしれない。だが、そうした厚みはかえってダダ世界を、カタログ化・平準化し、限りなく細分していくことにつながる危険もはらんでいる。その点で、本書は未刊のダダ・アンソロジーを丁寧に再構成するようにして、未完の芸術運動としてのダダの意義と可能性を強く訴えているといえよう。
この記事の中でご紹介した本
ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動/岩波書店
ダダイズム 世界をつなぐ芸術運動
著 者:塚原 史
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
塚原 史 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 芸術学・芸術史関連記事
芸術学・芸術史の関連記事をもっと見る >