江戸っ子が好んだ日々の和食 書評|中江 克己(WAVE出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

江戸っ子が好んだ日々の和食 書評
「脱上方」の独自の江戸グルメ 和食に関する知的好奇心を満たす本

江戸っ子が好んだ日々の和食
出版社:WAVE出版
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今に通じる和食の料理方法や食材の多くが江戸時代確立した。「大坂は天下の台所」といわれ、諺によく、「京の着倒れ、大坂の食い倒れ」といわれることから、食と言えば大坂と思っていたが、さにあらず、和食文化は江戸で一つの成熟期を迎えたという。

江戸は将軍のお膝元。江戸の最盛期は武家50万人、町人50万人の100万都市で、人口の約6割強を男性が占めたといわれる。

参勤交代は日本の社会を変容させた。武家といっても大名から下級武士まで様々だが、地方から参集した武士によって、食に関する地方の産物や情報が江戸に集約され、また、江戸文化が諸国に伝えられた。

江戸文化といっても、私たちの知っている江戸文化は江戸中期、8代将軍吉宗の時代(1716~1745)から宝暦、天明期を経て醸成されていったものである。それまで一日二食であったものが、一日三食へと急速に変化したのは明暦3年(1657)の振袖火事がきっかけであるとは面白い。米将軍の渾名を持つ吉宗が「身を養うには一日二食で十分。それ以上は腹の驕りだ」として一日二食にこだわり続けたというエピソードも。

江戸の人々は、熱い飯に漬物と味噌汁の「一汁一菜」の節約の暮らしに甘んじていたというが、海山の食材や肉料理などの豊かな食文化には驚かされる。江戸前の新鮮な魚介類があったこと、江戸の近郊で独自の濃口醤油が作られるようになったことで、「脱上方」の独自の江戸グルメが発達していく。

日々、天秤棒を担いで長屋を練り歩く棒手振りとともに、江戸の食文化の発信基地としての屋台が果たした役割も見逃せない。現代では世界的にも知られ、和食文化の中核となっている寿司、天婦羅、蕎麦は江戸時代の屋台からはじまり普及した。

江戸詰めの単身赴任の勤番侍や奉公人、職人たちには独身者が多くいた。彼らの胃袋を満たすべく、外食産業が発達した。役目の合間に勤番侍は食べ歩きなどの遊侠を愉しんでいる。政治都市江戸は至る所で手軽に外食を愉しめる町であった。

江戸時代の食糧調達手段、料理法、献立などが丹念に拾われて、かの時代の文化水準の高さを窺い知ると共に、四季の行事、食生活から江戸の人々の暮らしの細部が鮮やかに浮かび上がってくる。

和食に関する知的好奇心を満足させる本書は、とりわけ、歴史時代小説ファンには必読必携のものとなろう。
この記事の中でご紹介した本
江戸っ子が好んだ日々の和食/WAVE出版
江戸っ子が好んだ日々の和食
著 者:中江 克己
出版社:WAVE出版
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