ブルーノ・タウト研究 ロマン主義から表現主義へ 書評|長谷川 章(ブリュッケ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年3月31日 / 新聞掲載日:2018年3月30日(第3233号)

数々の刺戟的な発見に満ちる 
二〇世紀前半ドイツ思想史を検討するうえで啓発的

ブルーノ・タウト研究 ロマン主義から表現主義へ
著 者:長谷川 章
出版社:ブリュッケ
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この国でブルーノ・タウト(一八八〇―一九三八年)の名は、〈日本の美を発見した西洋人〉といった常套句で語られがちだ。建築やドイツ文化史に多少の関心を抱いていれば、「ガラスの家パヴィリオン」(一九一四年)や『アルプス建築』(一九一九年)のユートピア的構想、あるいはベルリン市ブリッツ地区の馬蹄形集合住宅(一九二五年)なども思い浮かぶかもしれない。ただしこれらのタウト像はかけ離れた感があり、相互に必ずしもしっくりと結びつかない。さらに彼の仕事の場は、ドイツ、ソ連、日本、トルコ、ポーランドと拡がりをもち、加えて、狭義の建築に限定されておらず、そもそも画家志望だった彼自身が描いた種々の図像なども遺されている。

本書は、そうした多様な面をもつタウトの仕事に思想的背景からひとつの筋を通すことで、ありきたりなタウト像を覆そうという意欲的な試みだ。読者はこれによって、一見相容れないベルリンの労働者住宅と東アジアの新旧上層階級別邸とを納得のゆくかたちで一望におさめることができる。その一本の筋とは、世紀転換期に継承された〈ドイツ・ロマン主義的なもの〉の衣鉢だ。

全四部で構成される本書の第Ⅰ部は、タウト設計の建築物のなかでももっとも知られたひとつであろうブリッツの集合住宅を対象としている。ただしそこでは、ヴァイマル期の社会民主主義政策のもとでの労働者住宅という面は後景に退けられ、《馬蹄型空間の求心性》はむしろ当時の〈保守革命〉の文脈のなかでの、全体性、有機的な共同体思想、田園都市といった観念と結びつけられ、その淵源がスラヴ民族主義に求められる。さらにそれにとどまらず、スラブ民族主義へのドイツ・ロマン主義の影響が挙げられ、空間を往来する思想史的動態が示されていた。

第Ⅱ部では、桂離宮そのものではなく、タウトの筆による『画帖桂離宮』が主題とされる。ここで著者は、タウトが絵巻物風の書簡や日記に描いた風景画のなかに、彼が日本で出会った文人画あるいは書画同体論との共振を指摘する。また他面では、彼の絵に北欧風景画の影響、ひいてはここでもまたドイツ・ロマン主義的世界観、さらには《国土と民族の融合の中に自然を位置づける》、ナチともつながる思想を見いだしている。そこで『画帖桂離宮』にしても、それは〈日本的美〉といった狭隘な願望像に押し込められない。かつてロマン派が〈森〉に見いだしたのと同様な世界が桂離宮庭園に託されていたというのが著者の考えだった。

第Ⅲ部では、タウトが日本で唯一手がけた建築の仕事である日向別邸が扱われる。著者はここに《桂離宮の空間全体がイコノグラフィカルに組み込まれており、小宇宙をなしている》様相、マクロコスモスとミクロコスモスの合一という理念を見て取る。その際に、日本における民芸など〈民俗的なもの〉の発見と、ドイツ・ロマン主義思想との、さらにはそれが民族主義と結びついた〈フェルキッシュ〉概念との通底性が指摘されていた。

最後の第Ⅳ部では、『アルプス建築』が一葉ずつ仔細に検討され、形容しがたきタウトの図版が、《虚無》の位置からの反戦思想、そして彼の共同体理念を表したものとして丁寧に解析される。その作業に先立って、山岳に美を求めるだけでなく社会像をもそこに求めるアルピニズム、そしてここから派生するユートピア論、一八―一九世紀の諸著述家の所論、ドイツ神秘主義、さらにタウトと同時代のシェーアバルトと、広範にわたる思想系譜が参照され、〈表現主義〉といった分類で済ませるのでなく、その奥行が周到にはかられていた。

紙数を充分に用いた本書は、建築思想を越えた外延をさまざまに参照しながらタウトの仕事を思想史的に定位しつつ、具体例も豊富に挙げられており、説得的だ。通説に流されない本書所論の独自性を的確に評価できる資格を門外漢である評者はもたないが、細部においても数々の刺戟的な発見に満ちており、二〇世紀前半ドイツ思想史を検討するうえでもおおいに啓発的な一書だ。

また、色刷りを含めた多数の図版ばかりでなく、「人物・事項事典」、伝記的記述を中心とした一五項目におよぶ「コラム」、書誌、年表といった附録だけでも百頁近くを占め、本文を補完し読者の理解を助けている。ただ、内容に劣らず物理的にも重厚な本書に編集者も気圧されたか、校閲が行き届いていない点は残念だ。
この記事の中でご紹介した本
ブルーノ・タウト研究 ロマン主義から表現主義へ/ブリュッケ
ブルーノ・タウト研究 ロマン主義から表現主義へ
著 者:長谷川 章
出版社:ブリュッケ
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