ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち 書評|永田 浩三(第三文明社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち 書評
ドキュメンタリー手法で 迫る迫真のヒロシマの軌跡

ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち
出版社:第三文明社
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「ひとりの男性が思い立ったことが、ひとりの画家のアドバイスを受けながらテレビというメディアで拡散し、歴史上類を見ない絵画による戦争の記録という大事業につながった。これからお伝えするのは、そんな奇跡のような物語だ」

これは本著、第一章の書き出しである。テレビのドキュメンタリー番組の手法を駆使した“ヒロシマ”を伝える記録である。導入部から終章に至るまでそれは随所に感じる。著者である永田浩三氏は元NHKの人で、ドキュメンタリー番組をいくつも手掛けてきた。活字で映像を想起させる描写は活字文化で育った人には真似のできない手法である。副題に<詩画人・四國五郎と原爆表現者たち>とある。

ひとりの男とは、1974年5月のある日、NHK広島支局を訪ねてきた小林岩吉さん、76歳。
A3の画用紙に黒いサインペンで壮絶な被爆体験を描いた絵を携えてきた。これらの絵は「広島リポート」で放送され、やがて大きなうねりとなって被爆体験者の絵が集められていった。そして、広島平和美術展に結集していった。被爆体験者の生々しい実体験が描かれていた。このうねりの中心にいたのは、もうひとりの男性、四國五郎であった。四國五郎は峠三吉『「原爆詩集』の挿絵で知られた画家で、多くの絵本作家として著名である。本著は四國五郎を縦糸にして、様々な人間関係がダイナミックに展開していく。戦後71年、ヒロシマを伝えてきた人たちの被爆者の歴史が次々と掘り起こされ、繋がっていく。四國五郎は広島出身で、原爆投下のとき、シベリア抑留の身であった。弟・直登は被爆し、苦しみながら28日に亡くなった。日記が残されていた。弟・直登の無念。日記は帰還してきた四國五郎の支えとなった。四國五郎は「今ここにあることを残す事が大事なんだ。わかっている人間がやらなきゃならない。そういうことを次の世代に引き渡していくことが大事なんだ」と言う。この思いが峠三吉の詩に四國五郎が描いた画の『原爆詩集』に結集していったのである。最初はガリ版刷りのB6横長の装丁で画は四國五郎。表紙に描かれたのは被爆した人々の歩いて行く姿。灰色の地に白抜きで人間が横に崩れていく構図。被爆して逃げていく人間のシルエットは赤。表紙の見返しの部分は被爆のスケッチで、峠が被爆のときの様子を四國に話し、それを四國がそのまま絵にしていったものである。私たちは決して忘れてはならない。原爆投下後の広島を「見せまい、語らせまい」としたアメリカ、そして日本政府の執拗な弾圧と妨害があったことを。それを跳ね除けて描き、語り伝えてきた人々がいたことを。

本著は丹念な取材を積み重ねて、広島に関わってきた人々の軌跡を伝えてくれる。
ヒロシマの声が聞こえてくる……。
「ちちをかえせ ははをかえせ としよりを こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」 (『原爆詩集』より)
この記事の中でご紹介した本
ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち/第三文明社
ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち
著 者:永田 浩三
出版社:第三文明社
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