角幡唯介インタビュー 一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった 『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年4月6日 / 新聞掲載日:2018年4月6日(第3234号)

角幡唯介インタビュー
一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった
『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に

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第3回
「新しい探検表現」を哀愁とおかしみ込めて

極夜のさなかの満月

――『極夜行』は冒険ノンフィクションでありながら、思いがけず奥様の出産シーンから始まります。出産にあたっての、女の狂乱と男の無能さが、哀愁とおかしみを込めて書かれていました。出産は様々な作品で描かれている、どちらかと言えば既知の領域の話題ですが、とても新鮮に感じられました。この筆致は極地探検のさなか、死と隣り合わせの状況を描く際にも、継続されています。人生における究極的なシーンを、こうした筆致にのせた理由を教えてください。
角幡 
 今回はユーモアを全面に押し出して書いたつもりですが、それは書く前から決めていました。この極夜の旅のテーマは、長い夜を越えて太陽を見る、つまり闇を抜けて光を見るという旅なので、ある意味で宗教的というか、聖体顕現的な現象がテーマです。でもこの聖体顕現的な話をまじめに書き過ぎると、話が崇高になっちゃう。崇高な話って胡散臭いんですね。だからこの崇高さを薄めてノンフィクション的なリアリティーを出すために、あえてふざけた表現とか下世話なメタファーとかを積極的に盛り込みました。

当然、出産の場面とかブリザードでぎりぎりの状況のときも、というかそういうぎりぎりの状況であればあるほど、ふざけた表現を出したほうが望ましい。そんな考えで書きました。 

――美術家の横尾忠則さんは、自分の絵で、おかしさや社会からの逸脱を表現しているそうです。角幡さんの探検も、経済的な視点から見ると、非生産的な命がけの勝負ですが、読者はそこから、理屈ではない感動や、普段気づけない新たな視点を受け取っているように思います。角幡さんが「新しい探検表現」を目指すのはなぜですか。
角幡 
 ぼくはそもそもひねくれもので、かつ自己顕示欲が強いから、他人と違うかたちで何かを表現したいという欲求が強いのではないですかね。既存のやり方で物事を表現するより、新しい方法で、脇のほうから別のところをつっつくと、予想もしなかった答えが飛び出してくるということがあるんじゃないかと思います。それを身体的にやってみたいということでしょうか。 

――角幡さん一人の人生を、中国の歴史にたとえてしまうのは、壮大過ぎて面白く、また翻弄するような極夜の月を人気キャバ嬢A子と重ねたり、星々の配置図に安倍政権を重ね合わせたり、日々犬を屠るシーンを妄想したり……角幡さんほど想像力と筆力があれば、命がけの探検をしなくても面白い読み物が書けるのでは、と思うのですが、角幡さんにとって書くとは、表現とは、どういうものですか。
角幡 
 ぼくは基本的に探検や冒険を通じて、自分自信の行動や考えを表現したいと思っています。旅をした先での行動に、何か思想的なものを込めたい。それを世の中に提示することで、自分をこの世の中に定位したいと思っています。 自己顕示欲が強いから、自分が第一人称の話じゃないと書けないでしょうね。昔よくあったニュー・ジャーナリズム的な三人称ノンフィクションのような創作などは、自分が登場しないから書くのは無理なんじゃないかな。

――「極夜の暗黒空間は意味化以前の未発の世界」「物体の固有性は消失し、各物体に固有の意味を与えていた根拠が失われる」と書かれていました。単純に「氷点下十三度で汗みどろになる」というのも(角幡さんはごく軽い調子で書いていますが)、想像がつかない世界ですし、氷河の途中で、テントが四方八方から暴風に叩かれながら飛ばされることを恐怖しつつ、何時間もぐしょ濡れの寝袋に潜り込んでいる状況など、簡単に想像の限界を超える状況が続きました。知識や体験のベースが違う読者に向けて書くことの難しさがあったと思いますが、今回の旅を書くのに、苦労したところはどういうところでしょうか。
角幡 
 自分が見た世界、経験した極夜の風景をできるかぎり忠実に読者に再現したかったので、どういう文章表現なら極夜のカオスを表せるかに苦心しました。とくに月明かりにすがりつつ、月に騙されていく心理的な変化を書くところが一番苦労しました。極夜って、ただ客観的に風景描写しても暗いだけですから、それだけじゃ伝わらない。極夜のカオスはすなわち僕の内面の混乱でもあるので、風景描写よりも心理描写を中心にして、かつ、極夜のカオス性を表現するために、唐突にキャバ嬢の話を出したり犬にアナル攻めされたりした話を盛り込んで、探検の切実さだけじゃなく笑いを盛り込んだ書き方にしたわけです。

――私から見ると、ここに至るまでの他の旅も、充分な冒険に思えるのですが、ご自身は今回の旅を、「ツアンポー探検以来の大きな意味を持つ旅」「探検らしい探検」と語っています。角幡さんにとっては、どんな要素が揃ったとき、探検らしい探検だと言えるのでしょうか。
角幡 
 現代社会のシステムの外側に飛び出せたと実感できたときです。これまで誰も見たことがない風景、状況を経験できたという手応えがあったときですね。
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この記事の中でご紹介した本
極夜行/文藝春秋
極夜行
著 者:角幡 唯介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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