角幡唯介インタビュー 一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった 『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年4月6日 / 新聞掲載日:2018年4月6日(第3234号)

角幡唯介インタビュー
一生に一度の旅 極夜のカオスは自分の内面でもあった
『極夜行』(文藝春秋)刊行を機に

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第6回
世界は単純な物事から成り立っている

出発から78日目に見た極夜明けの太陽

――犬の痩せてしまった体をさすってあわれみながらも、俺の食う肉はもうこれしかないのか……と思う。そこに、虚飾を払った人間の姿が現われているようでした。探検中は、狐、ウサギ、狼などを普通に狩って食べていて、日本に帰ってきてからは、コンビニとかスーパーとか、かなりの落差があると思いますが、日本で極夜のことはどんなふうに思い出したり、考えたりするのでしょう。
角幡 
 日本にいるときはあまり思い出さないですね。日本での日常と探検中の非日常は完全に断絶していて、日本に戻るといつも、日本を出発した時の続きがスムーズに始まるという感じです。むしろ、シオラパルクに戻ってきた今のほうが、極夜の日々を思い出します。 

――角幡さんの文章は、例えば「極夜と私の力くらべだった。いや正確に言えば、私がICI石井スポーツに特注してアライテントが制作した極地用特殊テントのポールの強度との力くらべである」のように、観念に流れずに、即物的に捉え返す視点があり、面白いと同時に、これは探検を成功させるために、必要なのではないか、などと思ったのですが、日々のものの考え方で意識していることなどはありますか。
角幡 
 うーん、特にないですね。直観的にひらめいたことを、その穴を強引にぐいぐい広げて深く考える傾向はあると思います。そうすることで表面的な物事の奥に潜む本質的なことが見えてくるんじゃないでしょうか。

――読みどころは数々ありましたが、中でも犬との原初の依存関係を面白いと思いました。

人間社会のシステムの外側に出ることを目的とした旅でしたが、最終的に家族というシステムから精神的に離れることが最も難しかった、と気づかれていました。引きこもりや介護やDVなど、現代社会の家族間の問題は多々あって、「依存」はよくない言葉だと捉えがちですが、角幡さんの体験を見ていたら、家族はそもそも依存するものなのかもしれないと。
角幡 
 人間の実存なんて何かとの関わりとの間にしか生まれないと思います。対象が人間であろうとモノであろうと動物であろうと、必ず他者との関係性を通じて人間は存在できる。切り結んだ関係の数が少なかったり浅かったりすると、それだけその人間の世界は貧困になる。他者との関与係数の深さがその人の存在の深さにつながる。たとえば森に一人で生活している隠者のような人がいたとする。その隠者はひどく孤独かもしれないが、森との間に途轍もなく深い関係を築いていれば、ものすごく深い世界を実現できる。原始の人間と犬との間にはこうした深い関係が結ばれていたと思うし、シオラパルクのイヌイットと犬との間にもその名残は感じられる。

普通は家族が最も深い関係で結ばれる他者だろうから、精神的にお互い依存しあうのはむしろ奨励されることなんじゃないですかね。僕は平気で半年間とか家をあけて何カ月も連絡を取らなかったりしますが、妻と子供に相当依存してますよ。

――それまでの独りの時間を、星々の物語を紡いだり、宗教の始まりを想像したりしていた角幡さんが、言葉を失って、圧倒的な太陽の熱と光と存在に満たされた瞬間。そのすごさ。そしてそれを、暗い胎道を潜り抜け、不安の中で見知らぬ世界へ生まれ出た赤ん坊の体験に重ねています。その瞬間のことは忘れてしまいましたが、体の奥底に埋め込まれた希望が、ときに私たちを生かしてくれる力になるのかしれない、と思いました。

角幡さんが出合えた、二度目の原初の光は、何を角幡さんに与えてくれましたか。
角幡 
 世界はものすごく単純な物事から成り立っているんじゃないかという発見です。極夜が明けたときに昇る太陽を見てみたいという私の願望、つまり闇の世界から光の世界に変わる瞬間を見てみたいという潜在的な欲望が、出生の記憶に基づいていることは間違いないと、今回の探検で確信しました。これは万人に当てはまる普遍的な出来事です。人間が生まれる、子供を産むというのは、誰にとっても人生で最大の出来事だということを再発見した。考えてみれば、ものすごく当たり前で陳腐な認識ですが、その当たり前のことを僕らは、普段の雑事に煩わせて忘れがちになってしまう。

今回の極夜探検でよかったと思うのは、これが冒険とか探検とかの狭い世界の話ではなく、最終的に普遍的な発見に回収されたこと。それが最大の成果だったと思います。

       (おわり)
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この記事の中でご紹介した本
極夜行/文藝春秋
極夜行
著 者:角幡 唯介
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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