中国 虫の奇聞録 書評|瀬川 千秋(大修館書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月23日 / 新聞掲載日:2016年9月23日(第3157号)

中国 虫の奇聞録 書評
虫好き、中国文化好きどちらも楽しめる著作

中国 虫の奇聞録
出版社:大修館書店
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本書は、『闘蟋―中国のコオロギ文化』(大修館書店、二〇〇二年)でサントリー学芸賞を受賞した著者が、ふたたび中国の虫をめぐる文化について論じたもの。前近代の中国人が書き記した蝉・蝶・蟻・蛍・蜂・バッタなどに関する「奇聞」を幅広く取りあげる。虫好きの人、中国文化好きの人、どちらにも楽しく読める著作となっている。

本書が取りあげる「奇聞」を書き記したのは知識人・文人たちである。彼らの間には「玩物喪志」なる考え方が根強くあった。つまらぬ「物」に心を奪われて本来めざすべき志を見失ってしまうことを戒めた言葉。虫についてあれこれ書き記すこともまた一種の「玩物喪志」と見なされかねない。ファーブルのような人物が生まれる環境にはなかったのだ。とはいえ、本書が明らかにしてくれたように、じつに数多くの虫に関する記録が文献資料のなかに散りばめられている。驚くほど正確に虫の生態を記録する博物学の書物から、虫をめぐって妖しくも美しい幻想を紡ぎ出す物語作品に至るまで。本書はそれらを巧みに結びつけ、虫という「物」を通して広がる中国人の精神世界を浮き彫りにしてみせる。

本書を通して評者は多くを学ぶことができた。そして不遜にも、本書を受け継いで自分なりの「虫の奇聞録」を書いてみたいとすら思った。こうして読み手を触発するところ、本書が深い魅力をそなえていることの証しである。

では、評者のように唐や宋の詩を専門とする立場から「虫の奇聞録」を書くとして、いったい誰の作品を取りあげたらいいだろうか。多くの文人の名が浮かぶが、なかでも筆頭に来るのは南宋の楊万里である。たとえば蝿については、冬の朝陽を浴びながら手脚をこすり合わせるさまを「双脚 挼挲して暁晴を弄ぶ」と、また自分の顔のうえを這い回るさまを「得得として眉に縁りて復た髭に入る」とうたっている。このほかにも蜻蛉、蜘蛛、蝶、蟻など、楊万里の詩は日々の暮らしのなかで眼にした虫の生態を生き生きと写し取る。

虫の姿に見入る楊万里の眼差しは、きっと子供のような輝きをたたえていただろう。幼い孫が作った箱庭を詠ずる詩には「也た思う 日び児童に随いて戯るるに渉り、一径 惟だ蟻の通うを得るを看んと」とあって、子供と同じ目線で一心不乱に箱庭のなかの蟻の行列を見つめる楊万里自身の姿がうたわれる。子供にとって箱庭は蟻たちが暮らすおとぎの国。そこに楊万里は積極的に身を委ねようとするのだ。「玩物喪志」を恐れることもなく。

楊万里の虫を詠ずる一群の詩から浮かびあがってくるのは「童心」ともいうべきメンタリティーであるが、それは本書の著者瀬川氏にも共有されるものだろう。本書には、虫好きの人が共通して抱く「童心」が、中国文化に関する幅広い知識に支えられるかたちで存分に発揮されている。
この記事の中でご紹介した本
中国 虫の奇聞録/大修館書店
中国 虫の奇聞録
著 者:瀬川 千秋
出版社:大修館書店
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