俺たちにはまだ「週プレ」があるじゃないか 「週刊プレイボーイ」創刊50周年にみる雑誌の盛衰 対談=中森明夫×速水健朗|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年11月25日 / 新聞掲載日:2016年11月25日(第3166号)

俺たちにはまだ「週プレ」があるじゃないか
「週刊プレイボーイ」創刊50周年にみる雑誌の盛衰 対談=中森明夫×速水健朗

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1966年に創刊された「週刊プレイボーイ」(集英社)が2016年に50周年を迎えた。これを記念して出版されたムック『熱狂』には、この半世紀に世間を熱狂させ、「週プレ」誌面に登場したアイドルや文化人が所狭しと詰め込まれている。80年代に100万部発行という数字を叩き出したモンスター雑誌「週プレ」について中森明夫(作家・アイドル評論家)、速水健朗(編集者・ライター)の両氏に自身の雑誌文化から受けた影響や思い出、現在の「週プレ」について語ってもらった。「週プレ」を通して雑誌と若者の欲望の盛衰を考える。 (編集部)
「週刊プレイボーイ」創刊号㊨と2016年12月5日号

80年代、「週プレ」は100万部雑誌に

中森
「週刊プレイボーイ」が50周年を迎えてムック『熱狂』が出たけれど、これはすごいですね。まさに雑誌が熱狂していた時代が詰まっている。
速水
さすがに中森さんも「週刊プレ」が創刊された頃から知っているわけではないですよね。
中森
僕は56歳だから6歳の頃に「週刊プレ」が創刊された。創刊当時には思い入れはないけど7歳上の兄貴が「平凡パンチ」や「週プレ」は買っていて、小学校高学年の頃にはそれをこっそり見ていましたね。今はインターネットでいくらでも見られるけれど、目的は当然、裸(笑)。青少年たちがヌードをなかなか見られない時代に「週プレ」や「パンチ」にはヌードが載っていた。と同時に若者が読めるカルチャー雑誌だった。書店に行くともっとエロい雑誌コーナーがあったけれど、週プレは普通の雑誌コーナーに置いてありました。その雑誌を背伸びして見る感覚が今の若い世代には伝わらないんだろうな。
速水
僕は1973年生まれなのでギリギリわかる世代ですね。僕も中学に入るくらいに興味を持ち始めて、大人の世界とはいえ手に届きそうな雑誌として「週プレ」があった印象ですね。本屋で通りすがりに目に焼き付けるか、仲間内で一番背の高い奴が買うみたいな(笑)。中学校が海の傍だったので掃除をサボって防砂林の中にエロ本探しの探検に行くとだいたい「週プレ」は落ちていた。

もう一つ「週プレ」のイメージがあって、僕がオールナイトニッポンを初めて聞いたのが85年です。当時のパーソナリティはとんねるずやABブラザーズでしたけど、その中に「週プレ」編集者の小峯隆生がいた。僕はとんねるずを聞きたかったのに間違えて聞く感じでしたね。その時に臨時特番に切り替わって三浦和義のロス疑惑の逮捕のニュースが流れたんです。だから「週プレ」のイメージはそれと結びついているんですよ。
中森
その頃は80年代だから「週プレ」が100万部時代で一番売れていた時期でしょう。ムックに「シマジ、時々、トモジ。」って100万部時代の編集長だった島地勝彦さんと田中知二さんのインタビューが載っているけど懐かしかったな。全体的に楽観的だよね。
速水
危機感ないですよね。
中森
今は何かやるとネットで攻撃されるかもしれない、みたいにメディア全体が縮み気味だけど、インタビューから当時の勢いが感じられますね。
速水
当時の「週プレ」はカルチャー誌という印象があったけれど、今はその印象がまったく無くなっていますよね。
中森
おさらい的に言うと、若者が読む雑誌といえばまず「平凡パンチ」が平凡出版(現マガジンハウス)から1964年に創刊された。その2年後に「週プレ」が集英社から発売されている。当時の平凡出版は出版界の新雑誌企画室と言われたぐらいで、「パンチ」が売れると見込んだところに他の出版社が追随していた。平凡出版は最初に尖ったものを出して、それを田舎向きに他の出版社が作るイメージですね。

ムックにも出てくるけど、「パンチ」が低迷してきた時に「週プレ」が勝手に応援している時期があった。「ぐわんばれ!平凡パンチ」って、一種のシャレだろうけど結構ヒドいよね(笑)。僕は当時読んでいて「パンチ」が無くなったら「週プレ」も無くなるんじゃないかと心配した。でも「パンチ」が無くなって四半世紀経っているけど、「週プレ」は残っているからすごく健闘していますね。
速水
僕は「パンチ」の競合として「週プレ」ができたことを後から知ったので違和感しかなかったですね。僕の印象では「パンチ」はすごくおしゃれな雑誌でしたから。
中森
大橋歩の表紙で、あれを持って銀座のみゆき通りを歩くとも言われていた。
速水
一方で「週プレ」のイメージは童貞特集です。でもムックを見ると「週プレ」は時代によってどんどん変わっていますよね。初期の頃は「パンチ」のライバル誌というのもうなずける。
中森
僕も「パンチ」はかっこよくて、「週プレ」はダサいと思っていたけど、初期はこんなにも尖っていたのかと驚いた。横尾忠則と柴田錬三郎を一年間ホテルにカンヅメにして連載した「うろつき夜太」のエピソードは今や伝説となっているけれど、他にも篠山紀信や森山大道、田名網敬一とか当時の「週プレ」はかっこいいよね。でも一番売れたのは80年代の童貞時代ですよ。
速水
島地さんがインタビューで語っているけど、読者はプレイボーイどころか童貞の学生しかいなかったようですね。当時は童貞率が高かったのかもしれないけれど、その童貞特集をしていくきっかけは読者の変化ですよね。童貞の欲望を反映したから100万部も売れた。「週プレ」はどんどん変節しているように見えるけれど、本質は時事ネタ、女の子、車でびっくりするくらい今も変わってない。今は部数も19万部くらいですからね。
中森
スゴイじゃん! 御の字だよね。僕が新人類と呼ばれて「週プレ」に出始めた頃は100万部を少し割ったくらいの時期だった。80年代はとにかく雑誌が多かったでしょう。「パンチ」や「週プレ」は老舗で、「GORO」や「スコラ」といった青年が読むサブカルチャー雑誌がたくさんあって、僕の仕事はそこから始まったようなものだった。インターネットがないから、若者は雑誌から情報を得ていた。雑誌を読んでいる時間が結構あったんですよ、特に童貞は(笑)。あと80年代が「週プレ」のピークだとすると、アイドルブームも関わっているしょう。
1973年に「週プレ」で連載していた「うろつき夜太」(『熱狂』より)

「週プレ」とアイドル

速水
「週プレ」とアイドルは切り離せないですよね。僕は「花の82年組」と呼ばれるアイドルが出てきた時の記憶はあるけれど、松田聖子になるとちょっとピンとこないんですよ。僕の世代はおニャン子クラブがジャストですね。
中森
おニャン子はデビューが85年でしょう。ムックでも80年代のアイドルの部分がボリュームゾーンですよね。「80年代アイドル狂騒曲」としてアイドルのランキングや親衛隊のことも取り上げられている。
速水
アイドルが登場する雑誌だと「明星」「平凡」の芸能誌があって、「BOMB」があって、もう少しエロいのだと「sugar」や「投稿写真」があった。僕の印象では「週プレ」はちょっと大人が読む雑誌だったから、アイドルを見る場所としては遠い存在のような気がしていたんだけど、改めてムックを見るとこんなにアイドルがグラビアに出ていたんだと思いましたね。僕が好きだった菊池桃子も出ている。読者人口が爆発的に伸びた入り口としてはこの80年代アイドルですよね。アイドルが出ていたから当時の読者は買ったんでしょうね。
中森
「週プレ」が21世紀になって部数を保っているのは、この5、6年はAKB48のおかげですよ、間違いなく。(2016年11月7号に)秋元康のインタビューが載っていて面白かったんだけど、秋元さんはやっぱり「パンチ」や「週プレ」の雑誌で育っているんだよね。秋元さんと「週プレ」の繋がりは深いんですよ。おニャン子クラブの頃からだろうし、AKBや乃木坂46の特集を出せば「週プレ」はよく売れると言われている。あと例えば指原莉乃はAKBのトップ=アイドルのトップだけれど、彼女がまだ無名の時に、「さしこのくせに生意気だ!」と「週プレ」がキャラ付けしたでしょう。
速水
あれは素晴らしいキャッチコピーですよね。
中森
番組にもなったし、指原は「週プレ」がブレイクのきっかけにもなっている。アイドルカルチャーを応援している側から言わせてもらうと、「週プレ」のグラビアとAKBを通して色んな実験がされている。出版カルチャーとアイドル産業がまだまだコラボできることを見せている気がします。この秋元さんのインタビューからは雑誌への愛が伝わってくるね。
速水
アイドルで雑誌が売れるという部分は80年代に回帰した感じがありますね。アイドルを通して「週プレ」を見ると、80年代アイドル以前と以後の狭間がおもしろいと思いながらムックを見ました。外国人ヌードやアグネス・ラム、80年代後半からのアイドル冬の時代、3M(牧瀬里穂、宮沢りえ、観月ありさ)が出て来る90年代以降ですよね。
中森
90年代以降をよく生き残れたなあと。
速水
「週プレ」だと永作博美の写真をこう撮るんだとか思いましたね。あとは何と言っても優香ですよ!
中森
優香は「週プレ」で名前を募集して優香になったんだもんね。
「週プレ」的な欲望の象徴としての優香

速水
優香はグラビアの申し子みたいな子ですよね。今の優等生的な優香からは想像がつかないけれど、当時の童貞の欲望を反映していたような気がします。当時の優香は男に媚びている、というと語弊があるけれど、17歳でもめちゃくちゃ挑発的だった。
中森
コギャルっぽかったですね。池袋でスカウトされて、スカウトマンが同じ日に藤原竜也もスカウトしたという伝説がある。優香が「週プレ」に登場した90年代からゼロ年代以降のAKBが登場するまではグラビアアイドルブームだった。
速水
そうですよね。アイドルブームじゃなくてグラビアアイドルブーム。95年前後ぐらいからグラビアの本格化が始まって、いわゆるイエローキャブ的な巨乳ブームがくる。僕はグラビアの代表は優香、と言うとちょっと違うのかもしれないけれど、「週プレ」的な欲望の象徴として優香はある気がする。
中森
実は重要な話で、優香はホリプロで初めてのグラビアアイドルなんです。ホリプロは山口百恵から始まって、榊原郁恵だって巨乳でグラビアに出ていたけれど、絶対にグラビアアイドルとは言わなかった。グラビアアイドルとは書かないでくださいと事務所側からも言われていたくらい。でも優香で変わったんだよね。それはアイドル史においても時代の分かれ目ですよ。でも優香は不思議な存在だったね。僕は「投稿写真」でも対談したし「SPA!」にも出てもらったけれど書きにくかったのは覚えている。今でも優香の代表作が全然浮かばないもの。
速水
車のCMにボディコンで出ていたのを覚えています。車と女を結びつけるのが「週プレ」の真骨頂だとすると、それの象徴が優香ですね。アメリカなら革パンの女の子とアメ車という欲望のイメージの日本版で、スープラと水着みたいな(笑)。それが優香に投影されている気がしますね。当時の優香はワイルドでしたね。ヒョウ柄やトラ柄のイメージがある。
中森
(2016年11月21日号を見ながら)深キョン(深田恭子)が最近そうなりつつありますね。ホリプロの後輩だけあって。
速水
深キョンは素晴らしすぎますよね(笑)。ちょっとワイルド味を出し始めていますね。
中森
「週プレ」は動物かな。創刊号もライオンが表紙だし! 「パンチ」は文化系だったから結局は動物が勝利したってことか。
速水
80年代は童貞の学生が読んでいたでしょうけれど、今は読者層が相当変わっていますよね。
中森
90年代の段階でも読者は学生ではなく30代じゃないかと言われていた。速水さんも90年代当時は買ってなかったでしょう。
速水
買っていなかったですね。
中森
今は30代も少ないんじゃないか。
速水
50代が中心でしょう。
中森
紙の雑誌自体を買う層が40代、50代、60代だからね。あとはアイドルが出ていれば何でも買うアイドルおたくに特化しているのかな。青年、若者をヤングと言うけれど、それは年齢じゃないんですね。
速水
80年代にヤングと言われていた学生だった若者が一緒に歳をとると考えると、今のヤングは50代ですよね。今の20代に「ヤングだね」と言ってもピンとこないですから。
童貞の欲望が分化した団塊ジュニア世代

80年代の「週プレ」の表紙(『熱狂』より。以下、見開き頁は同じ)

中森
だから「週プレ」はヤング誌なんだよ。アイドルの話に引き寄せると、今年は河合奈保子の写真集『再会の夏』(マガジンハウス)がバカ売れしているんだけど、80年代アイドルの復活ブームについてコメントを求められることが最近多いんですね。その時に僕が必ず言うのは、紙の写真集を買うのは40代、50代以上で、さらに80年代アイドルブームを享受していたのは今の40代、50代だから写真集にかぎらず昔のドラマのDVDボックスとかを大人買いできる、と。「週プレ」が一番売れていた80年代、100万部の紙の雑誌を買っていた世代がいまだに「週プレ」を買っているんじゃないか。

でも問題なのは、100万部売れていた80年代には童貞が欲望を持って、かわいい女の子、車の情報を見て悶々と欲望をたぎらせていたけれど、今の童貞は「週プレ」に向かう感覚がない。それはどこで変わったんだろう。今だって童貞はいっぱいいるでしょう。
速水
アニメに行くんじゃないですか。女の子とスーパーカーを並べて欲望と呼ぶのはいい時代ですよね。
中森
今の若い世代は違うでしょうね。
速水
僕らの世代でも違うかな。同世代の木村拓哉が94年にトヨタのRUV4のCMに出たんです。上の世代はスポーツカーに乗りたがるけれど、俺らは4WDとかだよね、といって団塊ジュニア世代の共感を得たんです。
中森
団塊ジュニアの存在は大きいと思っていて、団塊ジュニアが20代になるのが90年代でしょう。
速水
たしかに童貞の欲望が分化したのが僕らの世代だなというのは強くありますね。僕個人の雑誌の原体験はコンピューター雑誌。テーブルトークや海外のSFもここから学んだという意味では、オタク系総合カルチャー誌としての「月刊ログイン」の影響が大きいです。

それで中学生頃の女性に興味を持つ時に、コンピューターゲームの美少女に入った最初の世代なんですよ。エロゲーという言葉も無い時期です。「コンプティーク」はすでに創刊されていたし、二次元の女の子と「週プレ」的なアイドル、その先にあるヌードグラビアが並列だった。だから両方あったが故に選択肢が分化したきっかけがそこだったのではないか。雑誌文化の影響はパソコン雑誌の方が大きい世代ではあるけれど、「週プレ」もまったく無縁とは言えない。

ムックを見ると初期の「週プレ」はかなりサイケデリックですよね。ということは西海岸カルチャーの延長にある。よく読んでいた「POPEYE」ではマッキントッシュの特集をよくやっていたんです。これも西海岸ですよね。コンピューターとサブカルチャーは西海岸を通すと親和性が高くて、西海岸が2つに分化したという見方はできるのかな。この時代のサイケデリックの衝撃の延長線に「週プレ」的な美少女があり、もう一つ分化していった先に「コンプティーク」「ログイン」的な二次元の美少女があることってそんなに齟齬がないような気がしてきました。これも男の欲望でもあったし。
「週プレ」は雑誌自身に人格がある

90年代の「週プレ」の表紙

中森
速水さんが言及するヤンキー問題があるけど、「週プレ」ってヤンキーが読んでいる感じがするんだけど。
速水
僕の中ではヤンキーよりも、大学に行って車はスープラが好きで、優香が好き、という人たちなんですよ。名付けるならば「地方の国立大生」かな。そういうイメージですよね。僕が「週プレ」を読んでいた時も、地方の国立大生になったような気分がするからちょっと嫌だったような気もする。「週プレ」に対する僕のコンプレックスかもしれないですけれどね(笑)。
中森
地方の国立大生っていいね(笑)。東京にいるとその感覚はわからない。東京の若い奴は車を持ってないし。今の地方の国立大生は何を読んでいるんだろう。
速水
今は定義できない消費層ですよね。やっぱりアニメを見ているでしょうね。
中森
「週プレ」は車を持っている学生のバックシートに置いてあったりしたわけでしょう。
速水
その延長線で、就職した先の車で営業にまわっている40代、50代のバックシートにもあるでしょうね。国立大生たちのその後のイメージですけどね。「週プレ」の時事ネタですけど、これも彼らに向けて発信しているような気がします。記事ページもグラビアと同じく外せない「週プレ」の特徴の一つですよね。中学生くらいからスルーしちゃうところですけど(笑)。
中森
結構左翼的なんだな、ニュース記事が。「週プレ」はこんなに反体制的だったかなという気がしますけどね。
速水
欲望肯定だったらもうちょっと保守でもいい気がするのに、今の「週プレ」ってわかりやすい反体制ですよね。その辺りは読者層に沿っているのかも知れない。労働問題を当事者側から取り上げるみたいな。
中森
<俺たちの「残業白書」>(11月7日号)とかね。
速水
「俺たち」が多い気がしますね。「週プレ」言語があるとしたら「俺たち」だな。
中森
「俺たち」なんてあまり言わないよね(笑)。確かに「パンチ」や「POPEYE」は文体や文章の癖があったけど、「週プレ」文体はあまりイメージできない。それよりも「週プレ」は文化的スターが印象に残りますね。人生相談の回答者を開高健や今東光がやっていて名物だったじゃない。
速水
石原裕次郎もやっていて驚きました。今はリリー・フランキーが人生相談の回答をしていますね。対談ページの売りはみうらじゅんと宮藤官九郎だから、随分と遠くに来た(笑)。一方で、雑誌文化全体の歩みが止まっている感も見える。だけど、グラビアがあり社会的記事があり車記事がありというスタイルが守られているのは好感。あとはマンガとコラムですよね。今連載している猿渡哲也の「TOUGH外伝」も狙いとしては僕ら世代でしょうね。「キン肉マンⅡ世」を連載していたのも「週プレ」だから、やっぱり僕ら世代がいつまでもメイン読者なのかな。
中森
違和感はない。ここに萌えマンガがあると違和感ありますよ。「週プレ」にはAKB的な秋葉原はあるけれど、萌え系の秋葉原はないんだ。僕は「週プレ」を毎週送ってもらっていて、精読はしないものの、ざっと読みますよ。袋とじを切ったりとか(笑)。大体送られてきたら一応全部開ける。
速水
やっぱり世代の差を感じますね(笑)。僕は袋とじを開けないんですよね。
中森
なんで! 開けないと駄目じゃん。袋とじをキレイに開けられるのが特技だと言って呆れられる(笑)。とにかく読んでいる時はプレイボーイを読んでいた頃の気持ちで読むんですよ。僕らのような新人類世代は雑誌文化にまみれて人格形成をしているので、「週プレ」のディープな読者じゃなくても読んでいる時はその頃の気分になれる。何が言いたいかと言うと、つまり「週プレ」は雑誌それ自身に人格がある。「俺たち」という文体もそうだけど、なんとなく人格像が雑誌にあることがポイントじゃないかな。しかし、その人格は若い世代の物として作られたんだけど、今読んでいるのは40代、50代で、本当の若い人たちには合わないかもしれない。雑誌を作る側の強烈な個性があって、受け手もそこに引っ張られる部分があるでしょう。
続いていることにヒントがあるはず

香が「週プレ」に登場したのは1997年

速水
島地さんは相当個性が強いでしょうね。でも島地さんが開いているスコッチ専門のバーには、島地さんに憧れる若い世代が憧れて来るんです。ああいうダンディズムって意外とすたれてない。編集者になりたい若者は、多分増えてはいないと思いますけど。
中森
元々はアメリカでヒュー・ヘフナーが創刊した「プレイボーイ」があるわけですね。ヒュー・ヘフナーは女にモテたかったから雑誌を創刊した。一方で「ローリングストーン」のヤン・ウェナーはロックスターと友だちになりたかったから雑誌を作った。つまり雑誌は編集長の個人的な欲望を忠実に反映するものが成功するとも言われる。ことにアメリカの場合は。まあ、今やアメリカの個人的な欲望の反映はトランプ大統領ですけどね(笑)。
速水
僕の世代でも完全に紙の雑誌に影響を受けていて80年代、90年代の雑誌文化を吸収しながらも、自分が大人になって、いざ発信する立場になった時はブログになるんですよね。
中森
そこが速水さん世代と僕らの世代が違っておもしろいよね。紙で吸収して発信する段階になると紙をやりつつもウェブメディアが中心でしょう。
速水
単純な話で、自分たちがやりたかった紙雑誌を出している出版社にはエリートしか入れない状況だった。それで横入りしようとしてギリギリ入れたところがコンピューター雑誌やIT雑誌だったんです。自分たちでメディアを作らなければいけないなと思ってウェブの世界で何かを発信することを始めたのは、憧れの世界に入れなかったからですよね。
中森
でも出版社に入れなかったけれど、紙の雑誌を作ろうとは思わなかったの? 東浩紀や宇野常寛はやっているけれど。
速水
そうですね。彼らの雑誌は紙フェチが作る感じはすごく伝わりますけど…。
中森
紙フェチ!(笑)それって実はすごく重要な言葉で、初期衝動を何のメディアによってインプリンティング(動機づけ)されたかでフェティシズムは形成されるでしょう。端的に言うと何で初めてマスターベーションしたかですよ。紙で少年時代にマスターベーションした人は一生紙ですよ!
速水
それは過渡期だな(笑)。
中森
今の若者はモニターだから、紙には戻って来ませんよね。だから「週プレ」から童貞が離れてしまっている。結局、人間は何かのフェチからは逃れられない。でも、そんな中で「週プレ」が紙雑誌で50年続いているんだからすごいことですよね。
速水
そうですね。僕ら世代が中学生時代に、大人の欲望に触れる時に一番売れていた「週プレ」憧れがある世代なのはわかる気がします。でも新連載スタートが伊集院静ですよ。伊集院静の連載が始まることに対して僕らの世代はどう反応していいのかわからない。伊集院静の連載を読んで浅田舞のグラビアを見る…、保守的な気がする。
中森
でも、記事は左翼的(笑)。伊集院さんの連載は柴錬とかの流れじゃないの。伊集院さんはエッセイが作家の中では断トツに売れているでしょう。
速水
でも僕らの世代ではないですよ。
中森
じゃあ僕らの世代なのかな。伊集院静は本人のキャラクターと小説とエッセイがトータルで価値を帯びてきている。ベストセラーを出す作家もいるけれど総合的なライフスタイルとしては憧れないでしょう。
速水
東野圭吾の人生相談ってイメージできないですね(笑)。中森さんのおっしゃるようにブログでは本当に余芸を見せる場面がない。無数に記事がある中で、検索すればヒットするけれど、ほかのページにはなかなか飛んでくれない。その点、雑誌は作家がコラムを書いたり人生相談をしたりと総合的な自分を見せられる場所ですよね。
中森
雑誌の作り方としては一種の総合誌ですね。総合誌はどんどん無くなっていったけれど、それは雑誌だけじゃなくてカルチャー全般でしょう。アイドルだってそう。80年代アイドルと今のアイドルはどう違うんですか、と聞かれると、色々と違いはあるけれど今はほとんどグループアイドルでしょう。80年代はほぼソロですよね。例えば、山口百恵は歌、映画、ドラマ、グラビア、CMと総合アイドルだった。それは「週プレ」が総合しているのと同じです。雑誌もどんどん専門誌化していく。今の40代、50代がいまだに「週プレ」や80年代アイドルのことをなぜ追いかけるのかと言えば、そういうものに対する欲望やノスタルジーが総合的な一人格として中年世代の読者を喚起するからではないか。

だから「週プレ」が19万部も売れて続いていることに何かのヒントがあるはずですよ。出版界で問題になっているアマゾンと書店と同じで、その二つの違いは、アマゾンはピンポイントで本が買えて、書店は買うつもりのない本までつい買ってしまう偶然の出会いのことを言われる。「週プレ」も目的ではない記事や一見無駄のように思えるコラムも読んでしまう。雑誌の雑の部分ですよね。
速水
そうですね。伊集院静やみうらじゅんと車情報やグラビアやヌードを並べることも、ネットの世界ではできないことをやろうという可能性はありますよね。ガラパゴス的なのかもしれないけれど。それが総合的な魅力になって、雑誌として維持されているのかもしれない。
欲望と向き合う本質が「週プレ」の強み

中森
それは継承でも考えられる。例えば今の「週プレ」には「落合陽一の人生が変わる魔法使いの未来学」が月イチ連載されている。メディアアーティストである彼の父親は落合信彦でしょう。落合信彦と言えば“ザ・週プレ”ですよ。息子が「週プレ」に連載しているのは感慨深いよね。
速水
すごい繋げ方ですね(笑)。確かに落合信彦は「週プレ」ジャーナリストだった。落合陽一にもテクノロジーの話じゃなくてUFOやナチスの話を喋らせないと(笑)。
中森
スーパードライのCMでヘリコプターに乗っていた国際ジャーナリストがどういう育て方をしたら落合陽一が育つのか。落合陽一が87年生まれだからバブル真っ盛りの頃でしょう。「週プレ」がまだ100万部の頃かな。
速水
落合陽一が「週プレ」に連載しているのは大事ですね。あとIT業界から出てきているホリエモンとひろゆきが連載している。彼らが持っているネットでのプレゼンスとは違ったことを、ネットの口コミだけのコミュニケーションとは切り離された感のある週刊誌でやっているのはおもしろい。結局、ネットをやっている人口は実は一定割合以上は増えない、と佐藤尚之(コミュニケーション・ディレクター)が言っていましたけど、年齢に関係なく一定数以上はネットコンテンツに親和性がない人たちがいる。
中森
そうなんですか。なるほど、すべてをネットを中心に考えるのにも限界があるということかも。
速水
コンテンツを考える上で、いかにネットに近づけていくかは時代遅れになっている感がありますね。SNSも去年から頭打ちだし。落合陽一たちが「週プレ」に連載しているのはまさにこれを暗示しているのかもしれない(笑)。
中森
もっとほかのジャンルでも「週プレ」を通して色んなことが考えられるんじゃないかな。僕は日本の出版界にスティーブ・ジョブズみたいな人が現れたら、おもしろい紙メディアを創ると思う。売れないことをネットのせいにするのは違うよね。
速水
雑誌をやめるときはだいたいの言い訳がそれですよね。ネットの世界で生き残るかと言えばほぼ生き残ったためしがない。登場する面々を変えたり、欲望の年齢は上がったりしているけれど本質は変わらない、そこが「週プレ」の強みですよね。欲望と向き合っての19万部は今の雑誌業界では勝っていますよね。
中森
圧勝でしょう。
速水
例えば「暮しの手帖」は朝ドラ効果で30万部でしょう。でも朝ドラ以前も10万部も売れていたなんてすごいですよね。世間が二次元やインターネットに行く中で、雑誌はアナログに見えるけれど実は先端かもしれないですよね。
中森
今日は速水さんとお話して、とても刺激的でおもしろかった。これほど「週プレ」が語られた対談があったでしょうか。逆に「週プレ」の凄さはこれまで分析されなかったことに勝利があるんだと。今日みたいに分析されるのは危機なのかも。いや、ずっと続いてほしいですね、毎週、袋とじを開いている僕としては(笑)。
この記事の中でご紹介した本
週刊プレイボーイ創刊50周年記念出版『熱狂』/集英社文庫 
週刊プレイボーイ創刊50周年記念出版『熱狂』
著 者:集英社
出版社:集英社文庫 
以下のオンライン書店でご購入できます
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