対談=樋田 毅×永田浩三 記者人生を掛けた赤報隊取材 樋田毅著『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年4月13日 / 新聞掲載日:2018年4月13日(第3235号)

対談=樋田 毅×永田浩三
記者人生を掛けた赤報隊取材
樋田毅著『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)刊行を機に

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第2回
事件解決への想いが恐怖に打ち勝つ

永田 
 犯行声明文を書く側、そして実行する側はどういうふうに朝日の反応、或いは世の中の反応を受け止めながら次の事件に展開していったのか、犯人の心の動きが読み取れるようでした。こんな風にわかりやすく書いていただいたことで初めて、第一の朝日新聞東京本社銃撃事件(一九八七年一月二四日)と、小尻知博さんが亡くなった阪神支局襲撃事件(一九八七年五月三日)と、それに留まらずに第三の名古屋本社寮襲撃事件(一九八七年九月二四日)に繋がっていく経過がリアルにわかりました。しかもそれぞれが犯人にとって意味のある日にちを選んでいる。極東軍事裁判の開廷日であったり、西郷隆盛の自決した日であったりします。それが物語という形式をとることではっきり見えました。「反日朝日は五十年前にかえれ」という言葉は第三の事件の犯行声明文に初めて書かれます。これは元々持ったモチベーションなのか、犯人が段々勉強していったのか私はよくわかりませんでした。でも明らかな心の揺れを感じたり、世の中の反応をみたり、自身が新たに学習した部分もあるのではないかと想像しました。
樋田 
 編集者からは「読んでいて怖くなる」と言われました。
永田 
 とても怖くて震えました。人を殺す程の憎悪とは一体どのように醸成されて、さらに思っているだけではなく実行に移すのはどのような過程を経るのかが少し納得できたような気がします。しかし、なぜそこまでの憎悪がわきあがるのか、その根本のところは相変わらずわからないままです。阪神支局襲撃事件では小尻知博さんが亡くなり、犬飼兵衛さんは重傷を負いました。名古屋の社員寮襲撃事件でも人がいなかったからよかったものの何人亡くなっていたかわかりません。朝日の人間であれば闇雲に殺すという非常に強い憎悪ですね。これは異常なことだと思いました。
樋田 
 かつ犯人は自分たちの行動を世間に理解してほしいと思っている。
永田 
 しかもその異常な行動を良いことだと理解してほしいと思っています。
樋田 
 私はそういう文面だと思いました。
永田 
 それで三〇年にわたり事件を追われるわけですが、取材というよりも犯人探しの作業として人に会っています。日本のジャーナリズムの中でも特異なことです。どれほど神経をすり減らす作業かと思います。しかも会う人はほぼ一〇〇%朝日新聞に好意を持っていない人ばかりです。
樋田 
 そうですね。
永田 
 取材対象者が犯人やその周辺にいる人達だとすれば、樋田さんご自身も命を狙われるかもしれません。命がけの取材とはどういうものなのでしょうか。怖くありませんでしたか。
樋田 
 私一人ではなくてチームを組んで犯人を追いかける取材をしました。刑事のように犯人を追い詰める取材チームに皆が覚悟を持って加わったのだと思います。結局は仲間を殺された事件を解決したいという想いの方が恐怖に勝ったから続けられたのでしょうね。右翼やα教団にとって朝日新聞の記者と会うことに何ら益はないです。こちらから一方的に連絡をとって話を聞く。それで話をしてみるとお互いに理解できるところもある。まるっきり違う考えで徹底的に合わないけれど、話が通じる部分もありました。話せばある種の人間的な繋がりがそこに生まれて、少なくとも仲間を殺された我々の悔しい思いはわかってもらえました。そういう人間的な繋がりを頼って情報収集をしました。確かに大変な取材ではあるけれど、それをやらざるを得なかったです。
私たちは「特命班」と呼ばれ、上司からは、「お前たちは記事を書くな。刑事のように動いて、犯人を見つけろ」と指示されました。これは記者としては本当に辛いです。でもその犯人追跡の取材をして少しずつ人間関係を広めていく中で、相手との信頼関係が自分の恐怖に打ち勝って続けられました。
永田 
 右翼から「住所を書け」と迫られることもあったようですね。
樋田 
 そういうこともありました。私たちは取材の情報網で相手の住所を知ることができるけれど、相手にとって見れば私の住所を知らないのは対等ではない。「納得できない記事が出れば、私はあなたの自宅へ抗議に行くかもしれない。それを受ける覚悟がないのなら、今から帰ってもらって構わない」と言われましたから住所を書きました。後から家族に叱られましたが(笑)。でも書いたから取材ができた。今から思うと、朝日新聞社の一員として組織が守ってくれるという期待があったから危険を冒した部分もあったのでしょうね。
永田 
 実際には本に出てくる以上に右翼の人達と会われたと思います。樋田さんは単に情報を得るだけでなく相手の考えや歴史観について激しく論争もされています。あなたとは、歴史観やジャーナリズムのありようについて意見が違うのだと、堂々とご自身の考えをぶつけておられます。決してすり寄るようなことはしない。そこはすごいことです。わたしなどはついつい相手に気に入ってもらおうと、おだてたりもするのですが、そうしたことはされなかった。取材者として背筋の伸びた立派な態度だと思います。上手くいくばかりではなかったと思いますけれども、それが結果的に相手の信頼を得ることに繋がったのでしょうね。 
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この記事の中でご紹介した本
記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実/岩波書店
記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実
著 者:樋田 毅
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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