英国スパイ物語 書評|川成 洋(中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年4月14日 / 新聞掲載日:2018年4月13日(第3235号)

現実は小説よりも奇なり 
スパイの本場イギリスの興趣の尽きない書

英国スパイ物語
著 者:川成 洋
出版社:中央公論新社
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西側に情報を漏らした二重スパイとして逮捕され服役中であったロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)所属のセルゲイ・スクリパリ元大佐は、2010年にアメリカで逮捕された「美しすぎるスパイ」と称されたアンナ・チャップマンらロシアのスパイ団10人と、中立国オーストリアのウイーンで交換されて釈放された。その後、彼は難民の認定を受けてイギリスで亡命生活をおくっていた。

その彼と娘がイギリス南西部のソールズベリーの商業施設のベンチで倒れているのが発見された。2人はレストランで食事をした後で、急に意識不明の重体に陥ったのである。現場に駆けつけた警察官1人も重症になった。今年の3月4日の出来事である。

ロシアが裏切り者の元大佐の暗殺を謀ったとして、警察は「重大事件」を宣言して、イギリス情報局保安部(MI―5)と共に捜査に乗り出した。イギリスのメイ首相は3月12日に下院で演説して、事件に対するロシアの関与を指摘し、使用された神経剤は1970―80年代に旧ソ連軍が開発した軍用神経剤「ノビチョク」だと特定した。これに対してロシア側は「メイ氏の主張はサーカスのショーのようだ」と全面否定した。そして以後は双方の外交官追放合戦が展開される。

元大佐の妻は2012年に病死したとされるが、警察は疑念を抱いている。次男はロシアのサンクトペテルブルクで事故死、長男も不審死している。奇々怪々な展開なのである。

2006年には、これもよく知られている事件であるが、イギリスに亡命していた元ロシア連邦保安庁(FSB)のリトビネンコ元中佐も「ポロニュウム210」という放射性物質で毒殺されている。

このようにスパイ事件に関しては「現実は小説よりも奇」なのである。むしろ小説の方が現実に追いつかないといった方が適切なのかもしれない。この「現実」を、スパイの本場と言われるイギリスを中心に纏め上げたのが本書であって、読んでいて興趣の尽きない思いである。本書で取り扱われている期間はボーア戦争から、ノルマンディー上陸を経てパリ解放に至るまでで、その間のイギリスの情報活動のハイライトが解き明かされる。

イギリスではスパイを含めて情報活動は紳士の活躍舞台である。従って、オクスフォード大学やケンブリッジ大学などで学んだ人材が進んで参画する。いわば知的活動の一環なのである。難攻不落と言われたドイツのエニグマ暗号を解読し得たのも(157頁)、その成果の表れである。ダブルクロス(XX)委員会(212頁)を読めば、潜入してきたドイツ側スパイの扱いに狡知の極みを見る思いである。「マーチン少佐」(270頁)では芸術作品のような騙しのテクニックが登場する。ただ「フェンロー事件」(180頁)に見られるような蹉跌もないわけではない。

歴史の暗部に位置するスパイに対する世間の関心は、幾多のスパイ小説を生み出す原動力になっている。しかもスパイがスパイ小説を書くのである。よく知られた例では、007ことジェームズ・ボンドの作者はイアン・フレミングで、彼はイギリス海軍情報部(NID)に所属していた。「20世紀のシェークスピア」とまで言われる文豪サマセット・モームは、MI−6の名称で知られるイギリス情報局秘密情報部(SIS)に所属して、革命期のロシアで活躍した経験を持っている(54頁)。彼には「Ashenden」というスパイ小説があって、邦訳も出版されている。

本書はスパイ小説の愛好者にとっては、またとない背景的知識を潤沢に提供してくれるお勧めの1冊である。
この記事の中でご紹介した本
英国スパイ物語/中央公論新社
英国スパイ物語
著 者:川成 洋
出版社:中央公論新社
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