多様体 第1号:人民/群衆 書評|栗原 康(月曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2018年4月14日

現代日本の思想誌の最良の命脈を継承

多様体 第1号:人民/群衆
著 者:栗原 康、小泉 義之、佐藤 嘉幸、吉田 裕、西山 雄二、奥野 正二郎、中井 亜佐子、溝口 昭子、大江 倫子、丸山 真幸
編 集:月曜社
出版社:月曜社
このエントリーをはてなブックマークに追加
月曜社という出版社をご存知だろうか。設立は二〇〇〇年と比較的新しく、社員は二人と小規模だが、アガンベンなどの現代思想、カルチュラル・スタディーズ、森山大道などの写真集も手がける人文書出版社である。現代思想や美術書に興味をもつ読者であればいまや知らない人はいないだろう。そんな独立系出版社がついに社を代表する雑誌を刊行した。『多様体』という名を掲げるその誌面は、一見思想誌の色彩が強いが、小説、エッセイ、古典、日記、断章なども貪欲かつ無節操に(失礼!)取り込み、文字通り「雑」誌であり、まさしく「多様体」の様相を呈している。

本誌主幹の小林浩氏は、人文書や出版社事情に精通した有益な情報を発信し続けている「ウラゲツ☆ブログ」の書き手としても有名な編集者である。本誌刊行に関して留意されるべきは、氏が哲学書房社主の故中野幹隆のもとで修業した経歴の持ち主だという点である。いうまでもなく中野は『パイデイア』『現代思想』『エピステーメー』といった七~八〇年代に一世を風靡した思想誌を手がけ、その後の「ニューアカデミズム」を準備した伝説的編集者であり、本誌の巻末に中野の業績を振り返る資料や中野の活動にかかわった檜垣立哉や山内志朗の文章が掲載されていることからも、本誌のうちに、いわば現代日本の思想誌の最良の命脈を継承せんとする意気込みを感じ取ることができよう。

その本誌が創刊号に選んだテーマは「人民/群衆」である。巻頭の特別掲載では戦前紹介されていたフランスのアナキスト地理学者エリゼ・ルクリュの論考の掘り起こしから始まっているが、特集の第一の支柱をなしているのは、英国でフランス現代哲学を専門として活躍しているピーター・ホルワードの二つの日本講演だろう。ホルワードの論考は、ドゥルーズの政治哲学が、顕著な非主意主義――主体の意志が政治を導くわけではないこと――として現れるがゆえに、人民の自由や意志の行使を実践的に無効にしてしまう点への批判から始まっている。

ドゥルーズ的政治に代えてホルワードが目論むのは、端的に言って人民による革命的な政治的意志論であり、ルソーに端を発しフランス革命を経由して、マルクス、レーニン、グラムシへと至るとみなされた、一種の新ジャコバン主義の系譜の再検討である。講演時のコメンテーターを務めた佐藤嘉幸がバリバールを引き合いに出して示唆するように、こうした革命的意志論の復興は、筆者にも、ドゥルーズが模索していた理論的水準から大きく後退する身ぶりのように映るが、ホルワードは躊躇なく「力強く明快な行動の必要性」を断言するのである。

ホルワードの議論に注目すべき点があるとしたら、その革命的意志論が、政治家エリートの前衛党主義ではなく、あくまで民衆の集団的な自己決定によるものだということが強調されている点であろう。そこから本誌特集のもうひとつのテーマたる「群衆」へと議論は接続されることになる。そしてそこで特権的な参照点になっている歴史的出来事こそハイチ革命であり、それが奴隷革命として世界史上唯一の成功例であったことはよく知られるところである。

かくして本誌の主要な誌面が、C・L・R・ジェームズ、ジョージ・ラミング、H・I・E・ドローモといった、ポストコロニアル研究の隆盛のなかで近年注目されてきた黒人作家・思想家たちのテクストで占められている点が理解されよう。いずれも日本では紹介が遅れていた貴重な著作群であり、本誌特集の実質的な中核をなしている。

他にもシラーやルソーのような正真正銘の古典があるかと思いきや、ハンス・カイザーのような不可思議な「世界の調和学」の文献が収められている。筆者の専門的な関心からは、二〇世紀前半に活躍した著名な科学史家アレクサンドル・コイレの「嘘についての省察」が訳出されている点を特筆しておきたい。この論文は、デリダが『嘘の歴史』で取り上げたことで知られるようになったが、これは狭義の嘘論というより、全体主義下で生じた秘密結社や「白昼の陰謀」の問題を論究するものであり、図らずも、本誌特集が掲げている革命的な大衆の「ネガ」を浮かび上がらせている。

最後に、筆者が最初に思わず眼を遣って読み終えてしまったページが、とあるチェーン書店の日常を切り取った「店長日記」だったことを告白しよう。本誌のような一見高尚な思想誌までもが並ぶかもしれない書店の現実とはどのようなものか。本という紙の物体と無形の群衆が出会う書店の店頭という最前線が軽妙にして赤裸々に描き出されている。こうした自己言及ともいうべき現場にまで視線を届かせているところにも、一見ささやかながら本誌の面目躍如たる批評性を垣間見ることができる。
この記事の中でご紹介した本
多様体 第1号:人民/群衆/月曜社
多様体 第1号:人民/群衆
著 者:栗原 康、小泉 義之、佐藤 嘉幸、吉田 裕、西山 雄二、奥野 正二郎、中井 亜佐子、溝口 昭子、大江 倫子、丸山 真幸
編 集:月曜社
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年4月13日 新聞掲載(第3235号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
宮﨑 裕助 氏の関連記事
栗原 康 氏の関連記事
小泉 義之 氏の関連記事
佐藤 嘉幸 氏の関連記事
吉田 裕 氏の関連記事
西山 雄二 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >