トランプ ″以後″の世界 これはトランプの勝利ではなく、クリントンの敗北である|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月9日 / 新聞掲載日:2016年12月9日(第3168号)

トランプ ″以後″の世界
これはトランプの勝利ではなく、クリントンの敗北である

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十一月に行なわれたアメリカ大統領選で、ドナルド・トランプが勝利した。誰もが予想できなかったこの結果に、世界中が大きな衝撃を受けた。トランプ勝利の根底にあるものとは何か。ヒラリー・クリントンと民主党の敗北は、どこに起因するのか。また、来年一月にトランプが大統領に就任後、いかなる世界が訪れるのか。日米安保に関しても、さらなる経費負担増が予想される。東京大学教授・井上達夫、慶應義塾大学SFC教授・渡辺靖の両氏に対談をしてもらった。(編集部)

民主党よ、自己改革せよ

ドナルド・トランプの大統領選勝利を大きく特集する
『ニューズウィーク日本版』11月22日号
渡辺
時事的な情報に沿って話をするのではなく、今日は、本質的なところに立ち返って考えてみたいのですが、最初に少しだけ状況説明をしておきます。今回、ほとんどの世論調査会社やメディア、専門家も予想を外した。それどころか共和党の指導層も、独自調査の結果、大統領選はほとんど諦め、議会の多数派維持を優先するようになった。トランプ陣営すら驚いたという声も聞こえてきます。その背景に何があるのか。ひとつには、白人労働者層の持つ破壊願望を過小評価し過ぎたということ。また一方、前回、前々回オバマに投票した民主党支持者があまり投票にいかなかった。特にアフリカ系やヒスパニック系といった、マイノリティの人たちと若者です。つまりマイノリティの人たちにとっては、やはりオバマは特別な意味があったし、若い人にとっても、世代的に近いということで、自分を重ね合わせることができた。しかし、クリントンはそういう人ではなかった。以上のようなことが、直接的な敗因として議論されています。ただ私が思ったのは、ちょっと違うことなんです。クリントン支持者たちが、トランプの分断を煽る発言に対して、アメリカ社会の基本的価値を破壊するものであり、絶対に大統領にしてはいけないと批判した。とてもわかりやすい説明の仕方です。しかしトランプ支持者は、そんなことは気にしていなかった。事実を無視した発言や暴言、スキャンダル、そういうものは二の次であり、これまでワシントンの職業政治家に任せてきた結果、自分たちはその割を食い、アメリカンドリームも遠のいてしまった。むしろクリントンに象徴される職業政治家こそが、アメリカの基本的価値を破壊していると考えたのではないか。双方を支持する層が抱く価値観がずれまくる中で、まったく噛み合ないまま選挙戦が進行した。おまけに両候補とも脛に傷を持つ身であり、中傷合戦が酷くなった。クリントン派は、一国の指導者に何を求めたのか。ある種の徳を求め、人徳的にしっかりした人物が統治すべきであり、アメリカ的な価値の根源を、社会的統合性に求めた。片やトランプ派はどうか。指導者に哲人的な人格などは求めない。そうではなく、ミドルクラスの復権や、アメリカンドリームを守れるのかどうか。そこに価値の根源があると考えた。双方の価値観がどう折り合いを付けていけばいいのか。あるいはどちらが優先されるべき課題なのか。これは法哲学や政治哲学の根源に関わる問題であり、是非井上さんにお話をうかがえればと思います。
井上
私も報道を通してしか情報を得ていないので、どこまでのことを言えるかわかりませんが、結論としては、トランプが勝ったのではなく、ヒラリーが負けたということですよね。トランプの巧みなメディア戦略が勝因だと盛んに言われるけれど、それは間違いです。資金力の面でも、クリントン陣営が二倍もあったし、選挙運動スタッフもこっちの方がプロが多かった。負けた理由をメディア操作に帰するのはおかしい。社会に鬱積していた不満を、トランプがより多く受け止めた。クリントンにはそれができなかった。そういう意味で、クリントンの敗北は社会的現実に起因する。人種差別や移民差別に対して、クリントンは強く反対しましたよね。でも、一番大きな社会経済的な階層分化の問題について、真面目に対応しているとは、少なくとも有権者からは見られなかった。結果として、渡辺さんがおっしゃったように、本来民主党支持であるはずの人たちが投票にいかなかった。特に黒人層の落ち込みが酷い。加えて、女性票を思うように得られなかった。オバマの時と比べて、一ポイントしか増えていない。これに関しては、クリントンが敗北演説で「ガラスの天井」と言ったことに、私は腹が立ったんです。女性差別のせいにするなんて、ナンセンスです。彼女自身が、専業主婦を馬鹿にしたような発言をしていたし、本当に貧しい女性層のことを少しでも考えたのか。私がシングルマザーで、子どもをふたり抱えていたとしたら、クリントンには絶対に投票しない。はっきり言えば、社会経済的な分断化を進めた点では、共和党も民主党の上層部もグルなんです。クリントンも、ゴールドマンサックスなど財界筋に招かれて講演会をして、数百万ドルものお金を貰っているわけです。大統領選の最中、興味深い情景をテレビ番組で見ました。今は米国の大学の授業料が、どんどん上がっています。黒人の若者が三万ドルの授業料を払えなくて大学を中退せざるを得なくなった。彼が同じような境遇にある人を集めて、クリントンとトランプの公開討論を楽しむ会をやっていた。参加者は、どちらを支持すべきかを論じるのではなく、両者のアホらしさを茶化して笑いあう。みんなすごくシニカルになっているんですね。こういう政治疎外については、両党共犯関係にある。ただ、相対的に白人労働者層の不満をうまく受け止めたことで、トランプが勝利した。それだけのことだと思います。

では、これからどうなるのか。「アメリカの大統領選挙は酷い」「民主主義って駄目なんだ」という意見をよく聞きます。私はそうは受け取っていません。選挙の結果が出た翌日の「天声人語」でも、「民主主義は完璧ではないことを教えてくれた」というようなことが書かれていましたが、何を馬鹿なことを言っているのか。民主主義が完璧であったことなどないし、愚劣な選択はしょっちゅう。民主主義の存在理由は国民と政治家に馬鹿な失敗をさせないことではなく、国民と政治家に自分たちの馬鹿な失敗から学習させることです。この観点からは、トランプが勝ったことより、クリントンが負けたことに重要な意義がある。クリントンもその中核にいた従来の民主党政権に対して、アメリカ市民が駄目出しをした。「民主党よ、自己改革せよ」というのが、この選挙で国民が伝えた最も重要なメッセージです。この後、トランプに二期やらせるつもりなのか。次の大統領選予備選挙は二年先にはじまる。選挙の敗北に意気消沈している場合ではない。民主党の自己改革は待ったなしです。民主党は国民のメッセージを真剣に受け止めなければいけない。それこそが今度の選挙の大きな意味だと思います。だから私は、結果をわりとポジティブに評価しているんですね。民主党にとっては、危機に違いない。しかし手痛い失敗があるからこそ、逆に再生のいいチャンスになる。それを実現できるかどうかは、今後の対応によると思います。

他方で、次期トランプ政権はどうか。彼の過激な主張通りにはならないと、私は前から思っています。理由は簡単です。仮にトランプが選挙戦の際に言っていたようなことを、本気でやろうとしても、米国の政治システムがそれを許さない。議会の過半数を占めた共和党主流派と大統領が同じ政党だとしても、角逐しますからね。議会も上院・下院が角逐する。しかもアメリカは裁判所がすごい力を持っていますから、移民の強制送還なんて簡単にできやしない。共和党主流派は、トランプが目指す過度の保護主義をやるつもりはないし、日米安保に関しても、アメリカにとっての重要性を理解していますから、米軍の引き上げもできない。そういうシステムになっていて、過度の心配はしていません。それよりは、民主党が今回の敗北からメッセージをきちんと受けとめて、どんな自己改革をやっていくのか。そこに注視したいですね。
米民主主義の健全さ

渡辺
民主党の中では、予備選の段階から、若者が中心となって、サンダースを支持しました。今後のアメリカ社会に対して希望を抱けない若年層が、サンダースの過激なメッセージに引かれた。彼らの不満に対して、クリントンは十分に応えられなかった。一方の共和党の中でも、労働者が党の指導層に対して裏切られた、見捨てられたと不満を鬱積していた。つまり両政党共に、底辺にいる労働者や若者の不満に対して応えることができなかったわけです。結果的にはトランプが勝ちましたが、現在の政党政治が、いかに社会の低所得者層や若年層から乖離してしまっているかが浮き彫りになった選挙だったと、私は思います。その意味では、民主党がどう反省するのか。私も井上さんと同意見です。もうひとつ、お話をうかがっていて共通しているなと思ったことがあります。今回の選挙は、アメリカの民主主義の健全さを示しているという点です。これまでアメリカ社会の中で取り残され、忘れ去られていた人々が、テロやクーデタという手段に訴えることなく、平和裏に権力を奪取した。そして政治回路の中で取り残されつつあった人たちを、もう一度回路の中に戻した。民主的な回路が機能していると思います。歴史を振り返ると、アメリカでは特定の人たちが権力や権威を固定的に持ちはじめることに対して、それはヨーロッパ的な社会であり、アメリカ社会はそうあってはならないと、絶えず異議申し立てが行なわれてきました。歴史学者リチャード・ホーフスタッターはそれを「反知性主義」と呼びました。たとえば教会が権威化したり形式化したりすることに対して信仰を取り戻すべく大衆的なリバイバリズムが起きる。ヨーロッパ的な観念論の世界に陥りがちな時には、実用性や機能性を求める考えが出てくる。特定のものが権威化する社会を防ぐことが、ヨーロッパに対するアメリカのアイデンティティの証となるわけです。「忘れられた人たち」という言い方を、トランプは勝利演説でしていました。反エリート的な立場から、そういう人たちの思いを汲み取ることで、大統領選に勝利した。粗雑なやり方ではあったけれども、アメリカの原理原則が未だに機能していることの証であったと思います。
井上
そう思いますね。今回大統領を選ぶ際に、アメリカ国民はラディカルで大きな変化を求めた。アメリカの政治用語では、「Kicktherascals
out」と言うけれど、これまでの政権の失政に責任あるものを追い出すことに大きな意味がある。今回の場合、オバマ政権から含めて、クリントンの民主党がそうですね。口先ではいいことを言っていても、やっぱりエリート主義である。それに対して、トランプを支持した人たちは、彼のマニフェストをそのまま支持したのではない。イギリスのEU離脱の国民投票の時とは違います。米国のプラグマティズムの精神は、要するに、「Getthingsdone」(やってみせろ)ということです。理屈ではない。何をやるかは任せる。トランプ自身も成長していくだろうし、一度やらせてみて、一期目が終わったところで審判を下す。要するに、オバマの時の「Change」のようなものです。どう変わるかわからないけれど、今のままでは駄目であって、「SomethingNew」をやってみろという意志表示だった。結果は後で判断する。これがアメリカのいいところですよね。だから、両者にとっても試練なんです。トランプだって、成果を示さないといけない。減税によるばらまきだけでは駄目です。職が保障されないし、減税の結果、社会保障がさらに切り詰められたら、白人労働者たちも苦しくなる。彼らの生活状況を根本的に改善するための持続的な政策を進めなければならない。民主党にとっては、自己改革ができるかどうか。そういう意味では、大方の見方と違って、私はポジティブな契機を見ています。
リベラルの欺瞞

井上
その上で言うと、やっぱり米国の大統領選挙のシステムには問題もあると思います。州単位で選挙人がWinner―take―all(勝者の総取り)なので、州の意思の集積になっていて、本当の国民投票になっていない。獲得投票数ではクリントンが上回っていたわけです。レッドの州とブルーの州とはっきりと分かれて、まさに分断化を示してしまう。統合を目指すならば、国民投票という形で、過半数が得られた候補が選ばれる方向へ選挙制度の改革を考えないといけない。しかも各政党の候補者を選ぶことを含めて、ほぼ二年間が費やされる。この政治的エネルギーは厖大な無駄だと思います。またアメリカでは日本のような住民票管理システムが整備されてないので、選挙人登録は自分でしなくてはいけない。これは投票率向上の障害になっている。ここも改善していく必要がある。
渡辺
トランプは選挙戦中、選挙制度がおかしい、変えなきゃいけないと言いつづけていました。でも勝ってしまったので、その話は消えた(笑)。むしろクリントン支持者が言い始めています(笑)。もちろん、実際に変えるとなると州の反発がありますし、憲法改正にまでなると、相当難しい。ただ、州ごとに選挙人を選ぶ制度に関しては、井上さんのご批判もわかった上で、二つの見方があります。こうしたプロセスを通して、素人の候補者も成長していく、トレーニングの場であるということ。それから、よく言われることですが、大衆に対する懐疑がある。間違った判断、過激な判断を大衆がしてしまった時に、選挙人が最後の歯止めになるということ。州ごとの勝者総取り方式に関しては、州が「国」と平等の扱いで、州の意見は一つであると考えるわけです。これは国連の一国一票制度と同じです。得票数で比例配分すれば、結果的に大きな州の利益だけが反映されてしまう可能性がある。連邦制の理念からすれば、このシステムがより安心なのだという建国の父たちの思想が埋め込まれているとも言えます。
井上
連邦制の制約はあると思います。ただ、少なくとも上院は、州の人口にかかわらず平等に二人の議員を選出する。連邦法の管轄は憲法で限定されている。州の自治はそれで十分守られているのであって、連邦制を維持していくためには、統合と州の自治の尊重、ふたつの要請のバランスを適切にとらないといけない。しかし今の制度では、大統領選挙が統合の契機を弱める方向に働いているのではないかと、私は思います。
渡辺
話を少し戻すと、民主党も共和党も、社会の低所得者層に対して見落として来た部分があったわけです。その点を踏まえると、次のようなことが言えると思います。すなわち、「保守対リベラル」という従来型のイデオロギー的な座標軸は今も有効ではあるけれど、もうひとつ別の軸が顕在化しているのではないか。つまり、これからの社会の中で、よりオープンな世界を求めるか、よりクローズな世界を求めるか。この座標軸が新たに出て来たように思います。民主党の中では、オープンなものを求めるのがクリントたちであり、共和党の中では、ブッシュら主流派の共和党員たちです。ところが、オープンでグローバル化された社会がよくないと考える人たちもいる。TPPに批判的なトランプやサンダースを支持した人たちです。トランプは党大会の演説で「グローバリズムではなく、アメリカニズムの時代だ」と宣言しました。「アメリカニズム」とは「アメリカ第一主義」という意味です。
井上
新しい対抗軸よりむしろ、「BacktoNewDeal」の問題状況になっていると、私は思うんですね。中産階級が没落して、移民を恐れて自閉的になっている。そうした現状に対して、経済的な分配の公正さをはかり、分厚い中産階級を復活させれば、アメリカも昔のように戻っていく。ニューディールの後、アメリカのリベラルの中で平等観の焦点が、勤労大衆の社会経済的な平等から、被差別集団の平等、つまり人種的少数者の平等、あるいはジェンダーの平等、LGBTのような性的指向性における少数者の平等の方に移っていった。階層間の平等、伝統的な経済的格差の平等の問題が、後者の問題の脇に追いやられるようになった。たとえば女性や黒人のためのaffirmativeaction(積極的差別是正措置)で優遇されるのは、女性一般、黒人一般ではなく、親が一流大学や専門職に子を進ませるための教育投資や家庭環境を提供できるような、これらの集団の中でも上層の人たちです。下層の人々は、その恩恵と縁がないどころか、「逆差別的優遇をしてやってるのにうだつが上がらないのは、お前らが無能怠慢だからだ」という烙印付けを強化されてしまう。職場の「環境セクハラ」を企業に対する「懲罰的損害賠償」訴訟で撲滅させる運動は、男性なみに給料のいい現場労働を望む低学歴の女性たちから職を奪うという帰結も伴った。ポストニューディールのリベラルたちはジェンダーの平等、人種の平等を推し進めたけれど、その中に存在している階層格差を見て見ぬ振りをした。さらに、被差別集団の中のエリートの権利を拡張する反面で、そのコストを下層の人たちに負わせてしまった。面白い本があって、「分析的マルクス主義」の代表的論客であるジェラルド・コーエンが『IfYou’reanEgalitarian,HowCome You’re So
Rich』というタイトルの本を出しています。「あなたが平等主義ならば、どうしてそんなに金持ちなのか」(笑)。彼はイギリス人ですが、アメリカの平等主義的リベラルへの風刺が、このタイトルに込められています。コーエンは、平等主義的なリベラル派の代表たるロナルド・ドゥォーキンらを批判していますが、直接には理論的な批判で、彼らの経済的地位に触れてはいません。しかし、ドゥォーキンは、NYU(ニューヨーク大学)ロースクールにものすごい高給で引き抜かれた。その後NYUのロースクールは、多くの有名・優秀な研究者を高給で引き抜き、たちまちランキングが二流から全米トップ5に跳ね上がった。しかし、そのコストは学生の授業料に転嫁される。今やNYUクラスの一流ロースクールでは、卒業するまでの三年間で二十万ドルもかかる。学生のローン負担がどんどん上がっている。安いと言われた州立大学でも授業料は鰻上り。平等主義を訴えるリベラルな教授も高給を受け取り、そのしわ寄せが学生たちにいく。こうした欺瞞がリベラルの側にはあり、最初にちょっと言ったけれど、クリントンにしても同じような矛盾を抱えていると思いますね。
「勝利の方程式」は広がるか

渡辺
今回の選挙で議論になったことですが、今アメリカで、LGBTの権利を求める気運が高まっています。公立の学校にLGBT用のトイレを作るべきだという意見まで出ている。オバマ政権もその考えを支持しているのですが、多くのアメリカ人はちょっと違う感覚を持った。それは確かに人権擁護や多文化社会の点で重要かもしれないけれど、開明的過ぎて違和感があるということです。ただ、反対意見を述べれば「偏屈である」「多様性に開かれていない」と批判され、罪の意識すら持つことになる。これはさすがにおかしい。そんなことよりも、もっと経済的な問題に対応してくれという声が、今の民主党的なリベラルに対して向けられた。興味深かったのは、「民主社会主義者」を名乗るサンダースがウォール街と闘うとか、公立大学の授業料をただにするとか、極めて経済的な問題にフォーカスして選挙戦を行なったことです。これが思った以上に効を奏しました。最終的にはクリントンが勝利しましたが、国内において潮目の変化が確実にあった。それがトランプを勝たせた要因かもしれない。今後トランプは、どのような方向で格差是正をはかるのか。たとえばこれまでの共和党と同じトリクルダウンを目指すのか。それとも金持ちへの課税を大きくし、再分配のメカニズムをより機能させる方向に舵をとるのか。結果として低所得者層がミドルクラスになり、購買力もつける。経済活動が活発になり、それが社会の安定にも繋がる。だから税負担した人たちのためにもなるのだと、説得していけるのかどうか。
井上
現実には、共和党が言うトリクルダウンなんて、起きてないわけでしょ。上の方に富が溜まって、下には決して落ちてこない。他方、増税に関しても、そもそも大企業や金持ちの多くは、タックスヘイブンによって税金を逃れているわけだから。『世界正義論』を書いてた時に知ったことだけれど、マイクロソフトは巨額の営業利益を上げながら、租税回避方法を駆使して、一ドルも法人税を納めなかった年があった。税金ぐらいちゃんと払えと言いたい。それと、競争は必要だと思っていますが、やはり負けるリスクを今の勝者も負担する社会でないといけない。今のマーケットはそうなっていませんよね。勝者はリスクを一切取らずにどんどん儲けるシステムが出来上がってしまっている。これではまともな競争なんてできない。
渡辺
累進課税をどうするかという以前に、グローバルな正義をどう実現するかということですね。
井上
そうです。市場経済が公正に機能するレベルにすらなっていませんからね。ここでさらに保護主義に向かえば、自分たちの首を絞めるのは明らかです。報復的に関税をかけられて、アメリカの自動車なんて益々売れなくなる。保護主義なんて、できるはずがないと思います。トランプに投票した白人労働者も、何が何でもそこまでやれとは思っていないでしょう。それよりも、繰り返しますが、何でもいいから、とにかく今の問題を解決してくれ、そのチャンスを与える。駄目だったら「Kicktherascalsout」で、また別の人を選べばいいということです。
渡辺
トランプの暴言も、彼の支持者にとっては、真実と聞こえた。つまり、ポリティカル・コレクトネスに関係なく、ずけずけと話せるのは、度胸と誠実さの証でもあった。そこに彼の支持者は賭けた。共和党の指導層や民主党に対して喧嘩を売るほど大胆不敵な人物であれば、きっと何か変えてくれると思った。むしろ、そのくらいの人物でないとワシントンはもうどうにもならない。細かな政策は関係ない。「アメリカを再び偉大にする」という言葉だけで十分だった。あとはメディアがトランプを叩けば叩くほど、逆に支持者は盛り上がってくれる。今回成功したこの手法に、ヨーロッパの極右政党も勇気づけられているようです。現状への不満を煽り、過激な言動で関心を集めるトランプ手法を選挙戦に持ち込めば勝てる。まさに「勝利の方程式」のごとく受け取られている面もあります。イギリス独立党の党首ファラージはトランプと仲が良いですし、フランスのルペンも「トランプの勝利に勇気づけられた」と言っている。アメリカの中ではいろんな背景や力学があり、トランプの勝利に然るべき意味もあると思いますが、表面的な次元で同じような傾向がヨーロッパ内外に広がっていくのでは憂慮しています。
井上
そういう危険はあるかもしれないけれど、私は、イギリスに関してはわりと楽観的な見方をしているんです。けれどもEUは危ない。エマニュエル・トッドの意見にすべて賛成するわけではありませんが、イギリスのEU離脱は、沈没する船から先に逃げ出した感じがある。イギリスは決して孤立主義を取ったのではない。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、シンガポール、マレーシア、南アフリカなど、世界全体に散らばるたくさんの諸国を包摂するイギリス連邦(Common―wealthofNations)は健在です。また英国で今のアメリカとちょっと違うのは、エリートの中から、大胆な構造改革をする人間が出て来ていることですね。たとえば離脱派の保守党政治家ボリス・ジョンソンなんて、トランプのような人物とは違い、イートン校からオックスフォード卒の超エリートです。イギリスは特権的エリート層の中から改革勢力が出てきている。「EU離脱=ポピュリズムの暴走」という味方は単純すぎると思います。
渡辺
仏独などでは、選挙も控えていますね。
井上
フランスは危ないかもしれない。出生率が二人ぐらいで、人口学的に安定していますから、移民排斥の動きが盛り上がるリスクはある。結果としてそれがトランプ現象のような流れを作っていく可能性もあります。一方ドイツの場合、少子高齢化率は日本と同じく一・四人で、人口学的不均衡を是正するためには、移民を入れざるを得ない。人道的な理由というよりは、入れないと国の経済がもたないからです。でも移民が本当に同化できるのか。トルコ系移民たちでさえうまくいっていないのに、さらに文化的な差異が強いシリアの人を受け入れたことによって、ドイツでも移民排斥運動が今後さらに強まると思います。
日米安保の今後は?

渡辺
日米安保の今後についてはいかがですか。「日本の核武装容認」については、そんな発言はしていないと、トランプは軌道修正しています。本心はわかりませんが、日本の中でも、アメリカの抑止力が頼りにならないのであれば、自主防衛論や核武装論が出て来るかもしれません。
井上
以前から言ってきたことですが、「核武装容認」はブラフであって、本音は在日米軍の駐留経費の負担を増やすことだと思います。トランプの前の参謀で外交顧問だった人物が、そう言っていたと報道されている[注:本対談の後、日本に核武装を求める発言をした覚えはないとトランプ自身が食言した]。ただ、さらなる負担を求めてきた時、日本はどう対応すべきなのか。既に七五パーセント、五年間でほぼ一兆円の負担をしている。これ以上やれば、アメリカを傭兵化してしまうことになります。そんなことはアメリカ自身も望むはずないし、毅然と断ればいい。要求を飲まなくても、米国が合理的に自己利益を計算できるなら、米軍を撤退させません。米国にとっての世界戦略上の最重要拠点を放棄することになるし、余所に移した米軍については今まで日本に払わせていた莫大な経費を自ら支払うことになるわけですから。トランプもこれから米国の実務家からこの点につき「大統領教育」を受けるでしょう。日本にとってもこれは米国に対しきっちりと自己主張するいい機会だとも思いますよ。私は、前から次のような意見です。日米安保は、アメリカにとっては集団的自衛権、日本は個別的自衛権のままでいい。日米安保は米国にアンフェアな片務条約ではない。お互いに何をギブし何をテイクしたかを考えてみればいいんです。日本は在日米軍基地を置いてあげている。兵站も提供している。厖大な思いやり予算も付けている。アメリカは、一朝ことあれば日本を守らなければいけませんが、有事がない限り、支払うものは少ない。自分たちの世界戦略の一環として日本に基地を置き、ほぼタダで使っている。アメリカにとって圧倒的に有利な条約であり、そのことを思い知らせてやればいいんです。
渡辺
そこがわかれば、トランプは極めて損得勘定で考える人ですし、彼のブレーンや議会は日米同盟の重要性を認識しているので撤退はあり得ないと思います。もっとも防衛費のGDP比はアメリカが3%強で、日本が約1%。その点から防衛費増額を要求してくる可能性はある。でも、日本が防衛費を一気に増額することになれば、東アジアの緊張を高めることになりかねない。そうした状況が本当にアメリカの利益になると思うのか問う必要がある。
井上
そういうタフネゴシエーションをしていくべきだと、私も思います。東アジアに触れられましたが、日米安保は日本と米国の二国間関係の枠内でのみ考えるべきではありません。日米安保は日本側では個別的自衛権の枠で維持すればよいと言いましたが、未来永劫、日米安保はこのままでいいとは思っていません。将来的には段階的に縮小していくべきだと思っています。ただ、そうなった時、アジアと日本との関係がどうなるのか。かつての侵略国だった日本の防衛力を単独で増強させると、アジア諸国が不安に感じ、この地域の軍事的緊張が一挙に高まる。それを避けるため、各国を安心させるための装置として日米安保があるということです。日米安保を縮小していくとすれば、東アジアの地域的な集団的安全保障体制を同時に並行して構築していかなければならない。北朝鮮は難しいけれど、中国・韓国、ロシアをも含めた東アジア安保体制を真剣に考えていく。もうひとつ。日本の自衛隊の自主防衛力の実態を点検しなければならない。アメリカの軍需産業の言うなりになって、次々に新しい新兵器を買わされていますが、機能的整合性を持った兵器体系と防衛体制になっているのか。まったくわからない状況にある。これは護憲派の責任もありますね。憲法九条問題に引きつけて、「自衛隊は戦力ではない」とか未だに嘘を言いつづけ、実質的な議論をしないわけだから。さらに言うと、特定秘密保護法が自衛隊の防衛力の実態点検に対する障害になりうるから、この法律の改正も必要でしょう。しかし、なんと、護憲派のリーダーになっている長谷部恭男が、特定秘密保護法を自民党側の参考人として「高度の緊要性がある」と言って擁護したんですよ。
情報空間のバルカン化

渡辺
今回、TPPも話題になりました。アメリカの参加が絶望的な状況の中、法案を通した。安倍政権としては、日本がアメリカに追随するのではなく、あくまでも自由貿易路線を貫く。その姿勢を崩さないことが重要だと考えた。また戦略的に考えれば、賛同できる国とだけでまず協定を発足し、今後アメリカが参加を求めてきた時には、ルール順守を求める。そうやってアメリカに対する交渉力を保持する選択肢もあるかと思います。強行採決は常に禍根を残しますが、そうした戦略的な狙いも含んだ決断だとすれば、外交のリアル・ポリティクスの観点からはそれなりに画期的だったのかもしれません。
井上
日本がイニシアティブを取るのは結構なことだけれど、国内的な調整をした上でやっているのかどうか。自民党は農民票にかなり頼っているわけだから、自由貿易の結果、痛みが出てきた時、政権の屋台骨まで揺るがせかねない。とりわけ他の加盟国が競争優位にある農産物や工業品に対して、自らの市場を開いていけるのか。開いたら、確実に日本の中で反発される。それをちゃんと抑えられだけの政治的度量を、安倍政権が本当に持っているかは疑問ですね。
渡辺
自民党にとっての農家の票、あるいは民進党にとっては労働組合の票が、無視できないわけです。自由貿易協定を進めていく時、農家や労働者は、いずれも大きな不安を抱くことになる。その点は、トランプを支えた人々の中にあった、自分たちは見捨てられた、裏切られたという不満と通底するものがあると思う。ただ、井上さんの見立てでは、アメリカのような現象は日本においては起こりえない。現在ある民進党と自民党の対立を超えた、両党のエリートをなぎ倒すような、もっと下から突き上げて政治空間を変えていくような動きは出て来ないということになりますか。
井上
第一に、日本は元々移民が少ないから、その問題では民衆を焚き付けにくい。また日本の場合、市場開放も、今言ったように、利益集団の組織票が無視できないから、あまりドラスティックには進まないように見える。人とモノの移動のグローバル化で非合理なポピュリズムが巻き上がるリスクは大きくないでしょう。それよりむしろ、問題は軍事面ですね。安全保障面で、アメリカのブラフに悪乗りして、日本も核武装しようとか、この種の言説は一挙に広がるリスクがある。一方に中国脅威論があり、他方で北朝鮮のミサイルの射程距離が広がり、精度も高まって来ている。事が起これば、そこを一気について、大衆を煽動していく、そのような政治家が出てこないとも限りません。
渡辺
最後に、もう一度トランプ現象に戻って議論したいと思います。トランプ支持者からすると、ニューヨークタイムズの言うことは信用に値しない。自分たちのコミュニティの中で、好きなメディアから聞きたいことだけ聞いて、それで十分だと考える。一方のクリントン支持者は逆です。つまり、全米のアメリカ人が共有する基本的なデータすらなくなっているわけです。「不同意の同意」に立脚したうえで対話しようとする気概もありません。情報空間のバルカン化は、しばしば指摘されることですが、「今のアメリカの言論空間の分断状況を見ていると、シーア派とスンニ派のような違いがある」「アメリカは二大政党の国ではなく、一党独裁の国がふたつあるようなものだ」などの言葉がアメリカの有識者から聞かれるまでになっています。そうした中で、オピニオン空間がどんな役割を果たしていくのか。ソーシャルメディアの力がこれだけ大きくなった今、日本の言論空間を考える上でも、大きな問いを含んでいると思います。「論壇」なるものが今も存在しているとすれば、果たして何を担いうるのか。
井上
情報空間のバルカン化は、アメリカだけに生じていることではありませんよね。当然のことながら、インターネットが広がったことに起因している。それに加えてアメリカの場合、巨大な田舎者国家であることが大きい。
井上
七〇年代にダニエル・ベルが、『資本主義の文化的矛盾』で指摘していた状況は変わっていない。アメリカ人の過半数は人口五千人以下の街に住み、わが街のこと以外は知らない。彼らは地元の小さな新聞しか読みません。片や、クオリティペーパーであるワシントンポストが七〇万部弱、ニューヨークタイムズが一〇〇万ぐらいでしたか、それを読むエリート・教養層がいる。元々あった情報空間の分断化と、情報技術の進化による分断化、二重の分断化が生じているのであり、より酷い状況になっている。そういうアメリカの民主主義が抱える問題に対して、危機感を持つ人がいる。彼らが言っていたのが、deliberative democracy(熟議民主主義)ということです。その具体的な方法として、ジェームズ・フィシュキンらが取り組んで来たのがdeliberative polling(DP=熟議型世論調査)です。世論調査のいい加減さが今回の選挙で露呈して、DPが広がればいいと思っています。ただ、熟議民主主義に対しても、悲観的でシニカルな見方が出てきています。たとえば、かつて熟議民主主義を提唱していたキャス・サンスティンも変わってしまった。今では「リバタリアン・パターナリズム」の方に走っている。大衆の利益になる措置を、エリートがデフォルトとして大衆のために設定してやる、望めばオプト・アウトできるから、強制にはならない、という立場です。でも実際にはオプト・アウトするのは普通の人々にとってコストがかかる。デフォルトがルール化しうる。大衆の利益になるデフォルトを、エリートが本当に提示できるのか。大統領選で、まさにエリートの失敗が色々明るみに出てしまったたわけですからね。
渡辺
エリート的なパターナリズムの限界が、今回確かに表われました。
井上
だから私は、DPをやれと言っているんです。十数人ぐらいの人を集めて、最初に通常のアンケートを取る。学者や弁護士、ジャーナリストとかじゃなくて、本当に普通のおじちゃん、おばちゃん、あんちゃん、ねえちゃんたちです。その後、アンケートで問われた諸問題について、何回か集まって議論してもらう。ファシリテーターは誰もが議論に参加できるように配慮するが、議論の方向付けになるような介入はしない。議論終了後、もう一度同じアンケートに答えてもらう。そうすると明らかに解答が質的に改善されるんですね。政治的価値判断に照らして良い悪いということではなく、客観的な不合理性が改善される。たとえば、対立政党の政策の違いが分からなかったのが分かるようになるとか、一問目にYesと答えたら、論理的に二問目もYesと答えなければいけないところをNoとしてしまうような不整合性がなくなる、とかです。メディアの世論調査も、ランダムに選ばれた回答者の回答を単純集計して発表するのはやめて、何度かのDPで得られたアンケート結果を集計して発表すればいい。DPは参加者自身に自己変容の機会を与えることにもなります。これはアメリカの伝統でもある。トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』で、「陪審員制は法律的制度ではなく、政治的制度である」と言った。純粋に事実と証拠に基づき、客観的な議論を通して、有罪か無罪かを議論する。その訓練を積むのが陪審員制度なわけです。訓練の過程で人々は変わっていく。『十二人の怒れる男』で描かれたこと、あれがアメリカンデモクラシーの根源にある。私が提唱している「批判的民主主義」は、より分かりやすく言えば、「われら愚者の民主主義」ということです。「愚民に民主主義は無理だ」と言うのではない。逆です。愚民観に立つエリートだって、馬鹿な過ちをいくらでもする。失敗から学習する制度として民主主義が必要である。自己変容のための制度として民主主義がある。今回の大統領選で示されたこととは何か。民主党も自己変容が必要であるけれども、世論調査会社やメディアも自己変容を迫られた。その時に、DPのような試みを地道にやっていくことも必要です。「現代の大衆民主主義は愚民政治に堕している」とシニカルに決めつけるよりは、我々が民主的実践を持続することで、自己変容し成長する可能性を、私は見ていきたいですね。 
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