反復のレトリック  梨木香歩と石牟礼道子と 書評|山田 悠介(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年4月21日 / 新聞掲載日:2018年4月20日(第3236号)

エコクリティシズムという「読み」の無限の可能性を知らしめる論稿

反復のレトリック  梨木香歩と石牟礼道子と
著 者:山田 悠介
出版社:水声社
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「位のよか衆はな、陽ぃさまといっしょに沈み申さる」
「陽ぃさまといっしょに」
「そうじゃ、耳を澄ませたかえ」
「耳澄ませた」
「見ゆるかえ」
「見ゆる」
「位の美しか衆の見ゆるかえ」
「流れ仏さまの、小ぉまか舟の見ゆる」
「おお、そうかえ、小ぉまか、流れ仏さまの舟なあ」
「あい」


石牟礼道子『あやとりの記』の一節である。

幼い少女「みっちん」と、精神を病んでいる盲目の老女「おもかさま」のやりとりを綴ったこの場面は、美しい言葉によってふたつの魂が響きあう荘厳さに満ちている。

キツネや神、死者といったこの世ならざるもの、森羅万象と少女との交感を描いた『あやとりの記』は、すぐれた児童文学であると同時に、「近代」が打ち棄て、置き去りにし、目に触れないように隠してきたものを明らかにしたという点において、『苦海浄土』と同じく、禁忌を祈りへと昇華させた書物でもある。

詩情豊かなこの物語において、あえてその抒情性、つまり「思想的意義」ではなく、「反復」という文章の「かたち」、言葉の「あや」というレトリックに目を向け、そこから石牟礼文学の新たな一面を導き出そうと試みたのが本書である。

著者は、大学院での研究対象を模索していたとき、野田研一の著書『自然を感じるこころ――ネイチャーライティング入門』(筑摩書房、2007年)と出会ったことを契機にエコクリティシズムの世界に足を踏み入れ、自らの専攻を「環境文学テクストにおける『反復』」と定めて学究を重ねてきた。

文学から環境を考える「エコクリティシズム」という批評用語は、日本語では「環境文学」と訳され、「文学・環境学会」設立の1994年以前から、先鋭的な研究者たちによって多角的な研究がなされてきた。ただ、「エコクリティシズム」という語自体は近年よく目にするようになったものの、一般にはまだなじみが薄いという現状は否めない。

そういった中で、現代日本を代表する作家である梨木香歩と石牟礼道子の仕事を通して、「人と人ならざる存在の関係性と、環境文学テクストの言葉そのもの・・・・・・のあり方」に光を当て、「何が、いかに語られているかを問うこと。何が、いかに語られているかを明らかにし、その意味を問うこと」を突きつめたこの大部の論稿は、「エコクリティシズムとは何か」という大きな問いに対するひとつの「解」であると同時に、さらなる「問い」を導く端緒としての位置づけも担っている。

冒頭に掲げた少女と老女のやりとり、とりわけそこに見られる「反復」について著者は、「『主/客を撚り合わせる・・・・・・』ためのふるまい、あるいは、それを描き出すことを可能にする〈あや〉」と記している。つまり、このやりとりにおいては、「みっちん」と「おもかさま」は対峙するふたつの「個」、相対する「主体」としてではなく、一種の同化(著者の言葉で言えば「主体の二重化」)を起こした存在と定義される。

それは、近代西洋が示した「我/汝」の概念とは異なる、日本古来の「主体」の在り方、八百万の神であり、アニミズムであり、森有正が提唱した「汝/汝理論」のひとつの証左でもある。と同時に、だからこそ見えないものが見え、聞こえない音が聞こえ、「人ならざる存在」と交感(コミュニケーション)できるという、日本文学の豊饒さをあらためて提示してもいるのだ。

主に取り上げられているのは梨木香歩と石牟礼道子の文学だが、俎上にはさまざまな文章が挙げられる。巻頭にはジャック・ロンドン「野生の呼び声」の一節が掲げられ、本稿中には現代アメリカの環境文学作家たちの文章が引かれる。糸井重里や俵万智、谷川俊太郎や寺山修司の言葉も引用されている。

援用される文献の数も膨大なものだ。とりわけ、ロマン・ヤコブソンの言語論やコミュニケーション論、坂部恵の〈かたり〉をめぐる哲学など言語研究の知見を丁寧に参照し、慎重に分析をすすめる論の運びには、この論稿がどれほどの時間と労力と思考を重ねてきたかを伺わせるに十分なものがある。

エコクリティシズムは、この先もっと広く研究・議論されてゆくべき分野のひとつだろう。宮沢賢治はもとより、近代文学を担った志賀直哉や国木田独歩、梶井基次郎らは環境文学の観点からどう読み解かれるか。津島佑子や稲葉真弓といった作家はどうだろう。エコクリティシズムという「読み」は無限の可能性を秘めている。そのことを知らしめてくれる意欲的な論稿である。
この記事の中でご紹介した本
反復のレトリック  梨木香歩と石牟礼道子と/水声社
反復のレトリック  梨木香歩と石牟礼道子と
著 者:山田 悠介
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
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