中国ジェンダー史研究入門 書評|小浜 正子(京都大学学術出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年4月21日 / 新聞掲載日:2018年4月20日(第3236号)

中国ジェンダー史研究の全体像 
中国に関する重要な論稿が充実。従来の見方にも修正を迫る

中国ジェンダー史研究入門
著 者:小浜 正子、下倉 渉、佐々木 愛、高嶋 航、江上 幸子
出版社:京都大学学術出版会
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本書は、二〇一二年から活動を始める東洋文庫現代中国研究資料室のジェンダー資料研究班「中国ジェンダー史共同研究」の研究活動の成果の一つであり、中国ジェンダー史研究の全体像を初めて伝える入門書である。本書は、先秦時代から現代に至る長い歴史の中で、政治体制や経済システムが大きく変化した中国における「ジェンダー秩序」の変容プロセスを、家族、労働、身体、セクシュアリティ、医学、文化、政治、社会運動という観点から概観している。ジェンダー史に関心の強い専門家はもとより、一般読者も待望していたであろう一冊である。専門外の読者や初学者に配慮した地図、中国ジェンダー史略年表、関連する重要文献一覧リストも、テキストを読み進める上で役に立つ。

本書は各々複数の章からなる第一編と第二編、さらに六つのコラムから構成されている。第一編では、古典中国(先秦~隋唐)、宋~明清、近現代中国という三期にわたるジェンダー秩序の変容、すなわち、父系社会の形成にはじまり、ジェンダー規範が強化され、さらにはジェンダー秩序が変容する過程が論じられている。第二編では、中国古代の戸籍と家族、「才女」への視線、医療・身体とジェンダー、フェミニズムと女性/ジェンダー研究の展開など、個別テーマや各時代に通底するテーマが取り上げられている。一方コラムにおいては、第一編と第二編では取り上げられなかった、一歩踏み込んだ興味深いテーマ(現代であれば「セクシュアル・マイノリティ」と「演劇とジェンダー」など)について論じられており、各時期をより立体的に理解する手助けとなっている。評者の専門関心からいえば、近代中国のジェンダー秩序を相対化する上で重要な古典・現代中国に関する論稿が充実しているのも評価すべき特徴であろう。

本書を読み進める上で心強い羅針盤となるのが、「はじめに―中国史におけるジェンダー秩序」である。ここでは、ジェンダー史の領域での日本における中国研究の「遅れ」が「日本の中国認識のゆがみ」をもたらしており、「男女の不平等の著しい日本社会のジェンダー構造を、アジアとの関係において問い直す」のを遅らせているという本書の立ち位置が示されている。中国ジェンダー史共同研究グループは、この状況を打開する「研究の深化と活性化」を狙い、論集の編纂や欧米の研究書の翻訳を精力的に行うなど、活発に共同研究を続けてきた。ここでは、その成果として析出された中国ジェンダー史の六つの論点、すなわち、「中国の家族は一貫して強固な父系制だったのか」「中国と日本の近世のジェンダー秩序はどう違うのか」「中国における「男らしさ」の特徴とは」「中国では「近代家族」は成立したのか」「中国の社会主義は女性の地位を向上させたのか」「LGBTにとって中国は生きやすい世界か」が提示されている。これらの論点は、次に論じていくように、本書を深く理解する上で有用な「比較」の視点を与えてくれる。本書は、日本の中国ジェンダー史は「遅れている」というが、他地域の研究を熱心に摂取し、前進を続けることのメリットはむしろ大きいのではないだろうか。

本書は中国のジェンダー秩序を他国や他の文明圏と比較することを今後の課題であるとする。日本と中国の両国は、「似て非なる部分が少なくないが」「植民地的近代を経て現在に至っている」という指摘は、本書が比較史研究にいかなる意義を認めているかを判断する上で重要である。「現在の男女格差を、安易に実証を欠いた「伝統」のせい」にしてはならず、「比較史の視点」で「実証的かつ構造的に「伝統社会」を理解する必要がある」という本書の姿勢は、「伝統的家族制度」(第六章)に対する清末の批判から生まれた「小家庭」(第十一章)への好意的評価、また、女性の身体を「グロテスク」に変形させ、自由な行動を制約する纏足を、後進性や抑圧の象徴とする従来の見方にも修正を迫る。

明清時代において、纏足は女性の「社会的地位と自尊」を象徴し、纏足を包む美しい意匠の靴づくりは、母から娘に伝承される文化であり、満州人に対する漢文明の象徴でもあったという(第八章)。「女性美の象徴」であった纏足が「畸形・廃疾」「国恥」として否定的に見られるようになり、「不纏足運動」が起こった背景に、キリスト教をはじめとする西欧文化の影響を受けた知識人の存在を見逃すことはできない。纏足は西欧の人の目に馴染まず、「嘲笑」の対象となるだけではなかった。纏足の女性は動きが制約され、学校教育を受けられず、身体の鍛錬もできないため、近代的な労働力として役立たないだけでなく、中国を強国とするのに必要な「健康強壮な子を産む」ことさえできないと考えられていた。纏足にまつわる負のイメージ形成の背景には、清国が植民地近代において西欧化を迫られる、ないし推進される中で、女性をあらたな労働力や再生産者として活用しようとする政治的・経済的思惑が強く絡んでいたことが分かる(第九章)。 

明治時代に女性労働力を電話局に導入する際の議論は、この纏足の議論と非常に類似している。例えば、逓信部内で主に講読された『交通』(一八九八年十二月十日)誌上に、女性の導入に反対する動きに対抗し、導入を支持する記事が掲載された。ここでは、その実現を阻む足かせとして、男性に伍する女性を「おてんば」とする社会の態度、重い衣服や履物が問題視され、後者は中国の纏足にも擬えられている。この記事の著者は、纏足を近代化に抗う中国の風習と認識しており、その中国から日本を差異化しようとしていることが窺える。実はこの同じ年、清国では康有為が、辮髪を切り断髪することを奨励する文章を書いている。辮髪は日清戦争で敗北し、「女性化」した清国の男性の象徴であり、これに代わる西欧の「男性性」を可視化する断髪が、目指されるべき髪型となった(第十章)。植民地近代という状況下で、支配され「女性化」された弱い国家と、支配する「男性的」な強い国家が生まれ、両者は序列化されるようになった。

纏足にマイナスの意味が付与されるのと同時に、従来のジェンダーが再構築され、性別分業の境界が崩される場合も、むしろ強化される場合もあったのは、同時期の日本とも共通している。例えば明末清初になると、商品経済の発展とともに「男は耕し、女は機を織る」という従来の性別分業規範は変化する。男が家庭外で女が家庭内で行う労働のいずれもが国家への貢献と見なされていたのが、家庭内での労働は再生産活動ではあるが、収入はもたらさない活動として見なされるようになる(第五章)。他方で、アヘン戦争の敗北で開港し、宣教師の活動が一部地域で許可されるようになると、外国製品や新しい思想が清国にもたらされ、社会の上層の女性は教育を受けて専門職に進出し、下層の女性は紡績・織布工場、性産業を含む娯楽産業で働くようになった(第十二章)。女性は確かに家庭外で就労するようになったが、これと同時に、女性が多くを占める職場が形成される。結果として「女の仕事」と「男の仕事」の境界が明確化され、これを正当化する本質論が後づけ的に主張され、幅を利かせるプロセスは、近代日本・ドイツの事例研究とも似ている。類似していることを出発点に、今後は個別の問題や領域での実証研究をベースに分析的な比較史研究が進展することを期待したい。

最後に技術的な点で気になったことについて触れたい。本書のキー概念であり、全体の理解にも関わる「ジェンダー秩序」という概念に関して、第十四章の脚注でR・コンネル編の著書の定義が初めて紹介される。「秩序」という概念には制度のような静態的イメージがつきまとうが、上の定義によれば、纏足の事例のように当事者の主体性と実践をともなう、より動態的な意味合いが含まれている。「ジェンダー秩序」と「ジェンダー規範」は、どう意味が違うのか判然としない初学者や一般読者のためにも、冒頭で説明があった方が良かったのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
中国ジェンダー史研究入門/京都大学学術出版会
中国ジェンダー史研究入門
著 者:小浜 正子、下倉 渉、佐々木 愛、高嶋 航、江上 幸子
出版社:京都大学学術出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
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