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更新日:2018年4月27日 / 新聞掲載日:2018年5月4日(第3237号)

小林茂氏に聞く〈映画監督・柳澤壽男〉聞き手=鈴木一誌

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福祉ドキュメンタリー監督の草分け的存在で、「隠れた巨匠」と言われてきた柳澤壽男の全体像を記録した『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』(新宿書房)が刊行された。
これまで知られていなかった戦後映画史の一面が、この本によって明らかになった。
柳澤壽男とはいかなる表現者だったのか。その愛弟子である小林茂氏(映画監督・カメラマン)にお話をうかがった。
聞き手はブックデザイナーの鈴木一誌氏にお願いした。 (編集部)
第1回
「隠れた巨匠」

鈴木 一誌氏
――『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』が今年二月に刊行され、ようやく「隠れた巨匠」の全貌が明らかになりました。今日は、柳澤監督の愛弟子であり、『そっちやない、こっちや』『風とゆききし』に、スタッフとして参加された小林茂監督にお話をうかがいます。柳澤監督みずからが、プライベートなことを語ろうとしなかったこともあり、これまで履歴が謎に包まれていました。

小林 私も、本を読んで初めてわかったことばかりです。昔のことはまったくと言っていいほど、お話になりませんでしたから。

――なぜ、それほどまで寡黙だったのでしょうか。

小林 柳澤監督の人となりにいきなり触れますが、監督は、「自分の中のえらいさん願望と闘わないといけない」と、よく言っていました。日本には「えらいさん」がいて、それに従ってしまう大多数がいる。そういう上下関係のなかでは、他人を差別する感情しか生まれてこない。さらに、差別の構造はひとりずつのなかにもある。もちろん、監督自身のなかにもあると。

――「困ったことに自分の中のえらいさん願望をなかなか根絶やしにできません」と監督は書いています。自身のキャリアを示すと、人物像をみずから規定し、ある種の権威を発生させてしまう。

小林 それが嫌だったのではないでしょうか。

――柳澤監督が「隠れた巨匠」と言われる理由が、いくつかあります。まず代表作の「福祉ドキュメンタリー五部作」(略歴参照)がめったに上映されない。さらに、キャリアが長く、作品の幅が多岐にわたり、全貌が掴めない。

小林 戦前の時代劇から戦後の福祉ドキュメンタリーまで、そのあいだには、ニュース映画や文化映画、PR映画が挟まっていて、全体像が捉えがたかった。

――柳澤さんの経歴を最小限ご紹介すると、一九一六年生まれの柳澤さんは、三六年に二〇歳で松竹下加茂撮影所へ入社し、時代劇の監督だった犬塚稔に、助監督としてかなりの本数ついています。当時、映画がサイレントからトーキーへと切り替わっていく時期で、両者の違い、映像と音が別物である事態を、映画界に入ってすぐに経験した。それがのちのち柳澤さんに大きな意味をもつようになる。

小林 わたしが知る範囲でも、監督は、「今日は画の世界だから」と、音をまったく録らない日がよくありました。映像と音が別物だと感覚的にわかっていた。

――今日は音に集中しようとか、日々切り替えていたんでしょうね。

小林 ふつうならば、画に合わせた音がほしいと思うものなんですが、音楽なら音楽を、あとで入れてもかまわない感じでした。

――音を切り離して、動作だけを見る、あるいは動作を切り離して音声だけを聞く。柳澤監督の原体験に遡って考えると、理解できます。

小林 圧倒的な映像の力を、柳澤さんは信じていた。監督自身は劇映画から出発していますから演技やアングルはわかっている。しかしドキュメンタリーの現場では、スタッフや登場人物に対して、細かい指示はいっさいしませんでした。その場にひたすら居合わせる。ただし、今になってようやくわかるんですが、感覚で言わせてもらえば、ある瞬間、ドキュメンタリーの現場が「劇映画」になるときがあるんです。『阿賀に生きる』(92年、佐藤真監督)でも、どんな名役者がやっているんだろうと思える瞬間があった。

――『阿賀に生きる』で、囲炉裏端で食事をする老夫婦を撮影していたとき、とつぜん夫婦喧嘩になって、老妻が老夫をなじる。その悪態がじつにいいですね。キャメラマンだった小林さんは『ぼくたちは生きているのだ』(岩波ジュニア新書、2006年)で、その場面についてこう書いています。「異次元からマジックミラーを透かして現世を見ているような感覚が、私のからだの中を通り抜けた。まるで劇映画の一場面を見ているようだった。(中略)ドキュメンタリー映画の醍醐味とは、こういう「瞬間」ではなかろうかと思った」。

小林 柳澤監督は、劇映画が好きでよく見ていましたが、たとえば田中絹代の出演映画にしても、田中絹代という女優のドキュメンタリーとして見ていた気がします。そうした「瞬間」は、しょっちゅう現われるものでもありませんから、逃さないように必死です。

――劇映画とドキュメンタリーの区別を超えて、映画の「瞬間」を捉えた映像がいい映画になる。

小林 柳澤監督は、日常的な意味をカッコで括って画だけに集中して見る眼を、劇映画の助監督をしつつ学んでいった。トーキーになってからもラッシュフィルムは、サイレントですからね。
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この記事の中でご紹介した本
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界/新宿書房
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界
著 者:岡田 秀則、浦辻 宏昌
出版社:新宿書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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